4月1日、役員序列12人抜きでトップに就任したOKIの森孝廣社長は、売り上げ回復に向けたマーケティング力の強化を推し進める。通信キャリアや鉄道、金融など大口顧客別に分かれている製品や事業部門間の連携を進め、「マーケティング力、市場創出の力量を高めていく」方針を掲げる。OKIは1997年頃まで8000億円近い売り上げを誇ったが、一昨年度(2021年3月期)は4000億円弱に半減。そうしたなか、強みとするエッジデバイスや同領域におけるITソリューションを組み合わせて国内外に打って出ることで、売り上げ回復を目指す構えだ。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
市場創出の力が試されている
――役員序列で12人抜きで、文字通りの社長抜擢となりました。OKIグループのトップの仕事を引き受けた経緯や抱負からお話ください。
「社長をやってみないか」という打診があったのは昨年末でした。鎌上社長(鎌上信也・現代表取締役会長執行役員兼CEO)に役員室に突然呼び出されたときは、「ひょっとしたらクビになるんじゃないか」と思ったくらいです。それほど青天の霹靂の出来事でしたが、即答で引き受けることにしました。
私はほぼプリンタ事業しかやってきませんでしたが、OKIグループの売り上げが伸び悩んでいるのは重々知っていますし、おそらく役員会で「誰に社長を任せたら売り上げを回復できるのか」という議論があったのだと思います。私は売り上げを伸ばすことについては腕に覚えがありますので、社長の仕事を引き受けることにしました。
――OKIは97年頃まで8000億円近い売り上げがありましたが、一昨年度(21年3月期)は4000億円を切ってしまいました。四半世紀で売り上げが半減している現状をどう打開しますか。
具体的な施策は来年度(24年3月期)から始まる新しい中期経営計画に盛り込んでいきますので、残念ながら今ここでつまびらかにすることはできませんが、OKIの強みや弱みはおおよそ把握できていますので、手応えは感じています。
OKIの事業は高速道路の料金支払機のETC、鉄道の券売機、銀行ATM、現金の計数機器、航空管制の関連機器、プリンタ、通信機器、防衛分野における水中音響機器など多岐にわたります。それぞれの製品やサービスの納入先は高速道路会社や鉄道会社、金融機関、大手通信キャリア、防衛省など多くの優良顧客に恵まれてきました。
これはこれですばらしいことなのですが、見方を変えると顧客別の事業のかたまりが社内に複数存在し、それぞれの事業部門が自分たちの顧客の要望に合う製品を開発している状態です。広く国内外の市場に目を向けて、精力的なマーケティング活動を展開し、OKIグループが持つ技術を生かした新商品、新サービスの創出、売り込みに全社を挙げて取り組んでいたかといえば、必ずしもそうではなかったように思うのです。
――通信キャリアや鉄道会社など大口顧客の課題を解決するための製品をつくるあまり、会社全体としてのマーケティング力が弱くなってしまったと。
大口顧客が常に前年より多く発注してくれるうちは売り上げも伸びますが、そうでなくなったとき売り上げは伸び悩みますよね。既存の大口顧客を大切にするのは言うまでもありませんが、OKI全体として培った強みを生かして、どう新規顧客、新規事業を立ち上げるかのマーケティング力、市場創出の力量が試されています。
プリンタ一筋で30年のキャリア
――森社長といえば、21年3月末まで旧沖データ社長としてプリンタ事業を担っていたイメージがとても強いのですが、プリンタ事業で振るった手腕をOKIグループ全体の経営にどう生かしますか。
プリンタ事業のイメージが強いというか、私は実質プリンタ事業しかやってこなかったので、OKIグループの他の事業のことは、今、猛勉強の最中なのです。88年にOKIに入社して3年ほど半導体の営業を担当しましたが、91年から旧沖データが本体に吸収合併される昨年まで約30年にわたってプリンタ事業に従事してきました。旧沖データは94年に設立されており、私のキャリアはほぼ旧沖データの社歴と一致します。つまりグループ会社からOKI本体を見る立場でした。旧沖データは製販一体の企業でしたので、OKI本体の製造ラインとの接点もあまりなく、今、まさにOKIの事業部門の方々からレクチャーをしてもらっている段階です。
私はOKI本体の事業部門とのしがらみがありませんので、顧客起点、市場をどう攻めるかというマーケティング視点で経営に当たることができる。この強みを存分に生かしていきます。
――プリンタ事業も大口顧客がメインだったのでしょうか。
大口の優良顧客はもちろんいましたが、基本は新規開拓です。一般オフィスはもとより、出版印刷のDTP、小売店舗のPOP印刷などの用途を提案、開拓しなければ販売台数を伸ばせませんからね。国内はもとより欧米、アジアと世界市場での販路開拓にも力を注ぎました。
カラープリンタの印刷品質が劇的に向上した2000年頃、それまで印刷所に出したり、手書きしていた小売店舗のPOPを、店舗に備え付けのカラープリンタで出力する市場が急速に立ち上がりました。ある総合スーパー向けの大型商談をどうしても成功させたかった私は、製造部門とかけあって完成前だったにもかかわらず新製品をもって提案しました。
メーカー間の開発競争も激化していましたので、少しでも有利な提案がしたかったわけですが、顧客が求めるプリント品質を満たすため、未完成の製品の品質保証をどうするのか、製造部門の技術者たちがずいぶん知恵を絞ってくれました。結果として商談を勝ち取ることができ、以来、小売店舗などの“現場に強いプリンタ”として市場で評価されていくことになります。製販一体のメーカーとしての強みを生かした成功体験だったと今でも思っています。
エッジ領域の強みを生かす
――大口顧客を大切にしつつ、新しい市場を開拓するマーケティング力を重点的に強化すると。
実践して、刈り取って、売り上げにつなげるまでがマーケッターですからね。私たちはメーカーですので、自分たちでモノをつくれる力を存分に発揮して、市場を開拓していきたい。製品だけで競争優位を発揮するのが難しいというなら、ソフト開発力を生かしたITソリューションを積極的に絡めていきます。
当社はAWSのようなメガクラウドの領域や、ゴリゴリの基幹システム領域は得意ではありませんが、デジタルとアナログの境界に位置するエッジコンピューティングと呼ばれる領域に強みを持っています。エッジにAI機能を実装して効率的な処理を行ったり、IoTとローカル5Gを組み合わせり、プリンタもある意味、デジタルな世界とアナログの紙媒体をつなげるエッジ端末です。このエッジ領域でデバイスとITソリューションを融合させることで、さまざまな需要に応えられると見ています。
――海外ビジネスはどうでしょうか。
最盛期にはプリンタや銀行ATMなどでOKIグループの海外売上高比率は全体の3割ほどありましたが、今は1割強に減ってしまいました。海外拠点を俯瞰してみると、プリンタやATMの販売を担うといったごく限られた製品を販売する機能に特化した拠点が多い。当社はエッジ領域で幅広い製品ラインアップがあるのに、あまりにもったいないと感じています。
海外拠点の機能を充実させ、独自にマーケティングを展開する力量を高めるには、現地で人材を採用したり、研究開発ができる人材を送り込んだりする必要があります。国や地域によって市場の需要は異なりますし、現地の顧客企業が抱えている課題もさまざまです。当社の強みとするエッジデバイスとITソリューションを駆使して、それぞれの市場や顧客が求める解決策や価値を提供できる体制づくりを急ぐ考えです。
――現段階で目指すべき経営指標はありますか。
まずは本年度(23年3月期)が最終年度となる今の3カ年中計に集中するとともに、年度内に来期からの新中計の方針を固めます。守りではなく“攻めの次期中計”になりますので、楽しみにしていてください。
眼光紙背 ~取材を終えて~
新しい市場を開拓するに当たって、社内の働き方改革にも取り組んでいく。とりわけ「若い社員に成功する体験をしてもらいたい」と森社長は話す。自身がプリンタ事業でさまざまな挑戦をし、その成功や失敗の体験が、ビジネスパーソンとしての成長につながったからだ。
「いわゆる9-5時の固定的な働き方でなくてもよい」と、ビジネスを興したいと志す社内のアントレプレナーが、もっと自由に働けて、見返りとしての報酬制度も見直したい考え。「現場の若手は怖いもの知らずゆえの“突破力”がある」とし、市場創出やマーケティングの挑戦の奨励を通じて次のビジネスの柱となるイノベーションを起こす。
子育てや介護などライフステージによって、仕事に時間を割けない時期が必ずくる。仕事に打ち込める貴重な期間に、「やりたい人は、とことん突き進めるようにする」ことで、会社全体を活性化させる。
プロフィール
森 孝廣
(もり たかひろ)
1964年、神奈川県生まれ。88年、明治大学経営学部卒業。同年、沖電気工業(OKI)入社。17年、OKIデータ取締役商品事業本部副本部長兼オフィスプリント事業部長。19年、常務執行役員商品事業本部長。20年、代表取締役社長。21年、OKI本体による沖データ吸収合併に伴いOKI執行役員コンポーネント&プラットフォーム事業本部ビジネスコラボレーション推進本部長。22年4月1日、社長執行役員兼最高執行責任者(COO)に就任。
会社紹介
【OKI(沖電気工業)】昨年度(2022年3月期)の連結売上高は前年度比7.1%減の3650億円、営業利益は同5.4%減の90億円の見込み。銀行ATM、通信機器、券売機、高速道路の料金支払機、プリンタなど、デジタルとアナログをつなぐエッジ領域を強みとする。23年3月期までの3カ年中期経営計画では連結売上高4650億円、営業利益200億円を目標に掲げる。連結従業員数は約1万5000人。