CDN(コンテンツデリバリーネットワーク)大手の米アカマイ・テクノロジーズ(アカマイ)は、主力事業のCDN事業に加えてセキュリティ事業も高成長を遂げている。さらに、エッジコンピューティングを軸としたコンピューティング事業を次の柱とするべく強化を図り、三つの柱でインターネット上のさまざまな課題を解決する企業を目指している。2021年11月に日本法人の社長に就任した日隈寛和氏はセキュリティ業界を中心に、長きにわたり手腕を発揮してきた。これまでの経験やノウハウを生かし、国内での存在感を高めていく考えだ。
(取材・文/岩田晃久 写真/大星直輝)
人、テクノロジー、財政に強み
――社長就任の経緯を教えてください。
前職のハイドリック&ストラグルズジャパンではパートナーとしてCEO向けのヘッドハンターをしていました。その中で、昨年の夏にアカマイから連絡があり、当初は仕事の依頼かと思ったのですが、私へのヘッドハンティングでした。アカマイのことは、以前から知っていましたし、優れたテクノロジーによりインターネットの課題を解決するという点に魅力を感じて話を受けることにしました。
――入社してからの印象はいかがですか。
想像していた以上に素晴らしい会社でした。特に人、テクノロジー、財政面の三つが強みとして挙げられます。まず、人では、創業者の一人であるトム・レイトンが現在も米国本社のCEOを務めているのをはじめ、長年、勤務している人が多いです。これは日本法人も同じであり、組織が安定しています。社員は真面目で正直な人が多いという点も魅力です。
テクノロジーは当社が自信を持っている部分です。新しい製品を開発するのはもちろんですが、品質や信頼性を重視しています。この点は日系企業に近い部分ですね。SLA(品質保証制度)で、稼働率100%の保証を実現できるのも技術に自信があるからだと言えます。
そして財政面です。アカマイのグローバルの売上高は約4000億円ですが、経常利益率は32%と高いです。高い利益率があることで、セキュリティやエッジコンピューティングなどのCDN以外の部分にも積極的に投資ができ、昨年9月にはイスラエルのセキュリティベンダーであるガーディコア(Guardicore)を買収。さらに、今年2月にはクラウドコンピューティングを手掛ける米リノード(Linode)の買収も新たに発表しました。
――今年の年頭に米本社がパーパスとミッションを発表しました。
提供するソリューションが増え複雑化してきたため、昨年、どういった会社なのかを改めて考えることになりました。そして、「オンラインライフの力となり、守る」というミッションと、「毎日、いつでもどこでも、世界中の人々の人生をより豊かにする」というパーパスを掲げました。
CDNを核に、“守る”の部分ではセキュリティがあります。さらにオンラインライフをより向上させていくことを目的にコンピューティング事業に注力します。インターネット上のさまざまな課題を解決し、パーパスの実現を目指します。
ゼロトラストに注力
――市場には多くのCDNサービスがありますが、アカマイが選ばれる理由はどの点にあると考えますか。
インターネットコンテンツが増え続けているのに加えて、新型コロナ禍によりリモートワークが普及したことで、ネット上のトラフィックは膨大な数となっており、もはや、インターネットはライフラインとなりました。そのため、CDNには信頼性、品質、スケーラビリティ、安全が求められます。この四つを提供できるのが当社です。ダウンロードスピードの向上など機能面の改善にも、日々取り組んでおり、常にお客様に満足していただけるサービスを届けられています。
――セキュリティ事業の売り上げも伸長しています。
グローバルの売上高ではセキュリティが約40%を占めます。成長率も昨年度で25%増となりました。国内も二桁の成長率となっており、好調に推移しています。
――ご自身にはシマンテックの社長経験があり、日本法人でもセキュリティ事業を強化していく印象を受けます。
その通りです。従来はCDNベンダーという特性上、ネットワーク上の脅威情報が集まってくるという環境のため、WAF(Web Application Firewall)やDDoS攻撃対策といった、いわゆるアプリケーションにセキュリティを提供することが自然な流れでした。ところが、数年前からアプリケーションだけでなく、企業全体を守るソリューションを提供していくことを目指すようになり、特にゼロトラストへの取り組みに注力しています。製品もセキュアWebゲートウェイやZTNA(ゼロトラストネットワークアクセス)、多要素認証など、ラインアップを拡充しています。今後もゼロトラスト関連の商材の拡充などを進めてセキュリティ事業をさらに強化していきます。
――セキュリティ事業ではガーディコアを買収しました。どのような製品でしょうか。
ガーディコアではマイクロセグメンテーションによるセキュリティを提供します。ネットワークを細かくセグメント化する技術により、ランサムウェアなどがシステムに侵入した際に、ラテラルムーブメント(ネットワーク内での横断的な侵入)による被害を最小限に食い止めることができます。PCやサーバーにエージェントをインストールするだけで利用でき、古いOSにも対応できます。欧米では金融や製造を中心にマイクロセグメンテーションを利用している企業が増えているので、国内でもマーケティング活動などに力を入れて認知拡大を図っていきます。
コンピューティング事業を次の柱に
――エッジコンピューティングなどで構成するコンピューティング事業の強化にも注力していますね。
エッジコンピューティングの強みはユーザーに近い位置で、低遅延でリアルタイムに処理できる点です。IoTや自動運転、5Gなどが普及することでこれから、さらに重要性が増します。
当社では昨年から「Akamai EdgeWorkers」というエッジコンピューティングの新サービスを開始しました。世界135カ国に展開するアカマイのエッジサーバー上で、カスタムしたプログラムコードを実行できるようになる新しいサービスです。
海外の事例になりますが、昨年、新型コロナウイルスのワクチン接種の予約サイトにアクセスが殺到し、サーバーが落ちてしまうケースが多くありました。これに対し、EdgeWorkersによってトラフィックの負荷軽減につなげた事例も生まれました。これは一つのユースケースであり、今後は自分たちが気づいていないようなユースケースが続々と出てくるのではないかと楽しみにしています。
コンピューティング事業では、開発者向けのクラウドサービスを提供するリノードの買収を発表しました。具体的な展開はこれからですが、マルチクラウド化が進む中で、今後はクラウドでもさまざまなニーズが生まれるはずです。そのニーズにリノードのサービスと当社の技術を組み合わせた面白い製品を提供できればと考えています。
現状では毎年、CDNと、それに並んで売り上げが大きく伸長しているセキュリティが二つの柱となっていますが、コンピューティングを次の柱とできるようにしたいですね。
――パートナー戦略はどう考えていますか。
パートナーとの連携にはより力を入れていく必要があると感じています。CDNにおいては直販を強みとしてきましたが、セキュリティやエッジコンピューティングを拡販していくにはパートナーの力が不可欠です。セキュリティでは、現在、パートナーファーストの考えの下、パートナープログラムの改善を急ピッチで進めています。私も過去のリレーションをベースにパートナーへ説明に行くなどしています。
販売パートナー以外にも、テクノロジーパートナーとの協業も重要です。当社の強みとパートナーの強み、両方が発揮できる関係構築に取り組んでいきます。
社長業の集大成
――今後の目標をお願いします。
個人としては、今回が最後の社長業であり集大成だと思っています。これまで培った経験から理想形ができているので、それを実践したいです。そのためにも、まず本社の信頼を得ることが重要だと感じています。就任からこれまでの期間は、私のこれまでの実績を評価してのものであり、これからは本当の成果が求められます。社員が働きやすい環境を準備して高いパフォーマンスを発揮できるよう頑張ります。
企業としては国内での認知度を高めていきたいです。IT業界での認知度は高いですが、一般的には当社を知らない人のほうが多い。陰で支えるCDNだけを展開するなら現状のままでいいですが、セキュリティやクラウドを強化していくには、ブランド力が非常に重要となります。私も「宣伝マン」として積極的にマーケティング活動にかかわり、多くの人にアカマイを知ってもらえるようにしたいですね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
米国で生まれ、学生時代も中学校の3年間を除き米国で育った。そのため「日本語より英語のほうがうまく話せる」と笑う。大学院を卒業後、当然のように米国で就職。以来、外資系企業でキャリアを磨いた。
英語でのコミュニケーション能力の高さに加え、海外のビジネスを熟知していることが強み。アカマイ・テクノロジーズからヘッドハンティングされた際は「自分が期待されている部分はどこなのかは十分に理解している」と迷うことなく応じた。
社長業を務めるのは「これが最後」と考えている。会社の成長を目指すのはもちろんだが、もう一つの使命として次世代のリーダーの育成を挙げる。「私自身、日本人としてのプライドがある。だからこそ、日本のリーダーになる人材を育てたい」と力を込める。
「最近は若くないと痛感することのほうが多くなってきた」と話すが、大きな二つの目標の達成に向けて、胸には熱い思いを秘めているのだろう。インタビュー中の顔には、自信と活力が満ち溢れていた。
プロフィール
日隈寛和
(ひぐま ひろかず)
1969年生まれ。米カーネギーメロン大学大学院卒業。94年、米アルテラ・コーポレーション(現インテル)入社。2002年、日本アルテラの代表取締役社長と米国本社のバイスプレジデントに就任。13年、日本マイクロソフトに入社し、Dynamicsビジネス本部長および執行役としてソリューション販売、マーケティングなどに従事。16年1月にシマンテック日本法人の代表取締役社長に就任。その後、ハイドリック&ストラグルズのパートナーなどを経て21年11月から現職。
会社紹介
【アカマイ・テクノロジーズ】
世界最大手のコンテンツデリバリーネットワーク(CDN)企業である米アカマイ・テクノロジーズの日本法人として2003年設立。米国本社は1998年創業。世界135カ国にサーバーを配置し世界最大級のエッジプラットフォームを構築。現在は、CDNに加え、セキュリティ、エッジコンピューティングサービス、IoT関連のサービスを提供している。