富士フイルムビジネスイノベーション(富士フイルムBI)は2021年4月、60年近く続いてきた米ゼロックスとの合弁事業を解消して新体制をスタートさせた。それからわずか1年。今年4月に2代目トップに就任した浜直樹氏は「新体制の立ち上げのフェーズから、成長のフェーズへ移行したことを意味している」と話す。新生富士フイルムBIとして今後は複合機やドキュメントに加えてITソリューション事業を一段と拡大させる構えだ。グローバル市場の複合機ベンダーとしては“最後発”ながらも世界市場への進出を加速させ、価値創造の具現化を目指す。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
変化への適応に長ける
――米ゼロックスとの技術契約が終了し、新体制になってから1年で社長交代となりました。どういう経緯ですか。
外部から見ると短いかも知れませんが、前任社長の真茅(真茅久則・取締役会長)は、旧富士ゼロックスから新体制に移行するまでの準備と実際の立ち上げまでの数年間の指揮を担ってきました。並行して地域の販売会社を富士フイルムビジネスイノベーションジャパンに統合し、販売体制を強化するなどの一連の新体制が軌道に乗り、“一区切りついた”のが今となります。このタイミングで私が4月1日付で後任社長を引き継いだという経緯です。
――ご自身は、これまで複合機やドキュメント関連ビジネスにどのような関わりがあったのですか。
私のキャリアのなかで最も長く担当してきたのは、実はPCやスマホのディスプレイ向け素材の分野です。商業印刷の分野で一部接点はありましたが、いわゆるオフィスを主力とする複合機や、文書管理「DocuWorks(ドキュワークス)」などドキュメント関連ビジネスと直接的に接点を持つようになったのは、21年4月に富士フイルムから富士フイルムBIの取締役に着任してからです。当時はまさか自分がその後に社長に指名されるとは思いませんでしたが、それでも新体制になったばかりの富士フイルムBIの経営の一翼を担っていく気概で臨んできました。
――ずいぶん畑違いのように見えますが、キャリアのどういった部分が富士フイルムBIの2代目社長に適しているとの評価につながったのでしょうか。
経営幹部がどのような評価をしたのかは推測するしかありませんが、恐らく変化に素早く適応していくことが得意というか、変化に直面すると俄然としてやる気が出て、闘志を燃やすところではないでしょうか。
私がディスプレイ素材を担当していた期間中、PCの出力先がブラウン管方式から液晶などの薄型ディスプレイに変化し、携帯電話やスマホの台頭で超高解像度の小型ディスプレイへと変わりました。当然、素材ビジネスで付加価値が生かせる分野も目まぐるしく変わっていくなか、素材ベンダーとしてうまく変化に適応してきた自負があります。
富士フイルムBIも、複合機やドキュメントの既存の収益モデルに加えて、ITソリューションを新しく立ち上げ、既存事業との組み合わせによる独自性の高いサービス創出に取り組んでいます。ディスプレイ素材は、電機メーカーが顧客であるのに対して、複合機やITソリューションは一般企業が主な顧客層という違いはあるものの、大きな市場の変化に直面している点では共通する部分が多いと見ています。
特色あるイノベーションに注力
――ITソリューションでは、マイクロソフトのERP「Dynamics 365」を活用した基幹系システムの領域に進出するなど大きく変化しています。
社名に取り入れた「ビジネスイノベーション」は、顧客のビジネスに新基軸を打ち出し、変革を起こしていく会社になる意志を反映したものです。Dynamics 365はそのための重要なツールの一つと位置づけています。
とはいえ、当社はSIerや経営コンサルの専業会社ではありませんので、「ITソリューションに軸足を移して複合機はやめる」との選択にはなりません。当社の強みは複合機やドキュメント関連の高度な技術や深い知見を併せ持っている点にあり、これにITソリューションを掛け合わせることで、当社ならではの新しい価値を提供できると考えています。
――具体的にどのようなものをイメージすればよいでしょうか。
ビジネスイノベーションのパートナーとして顧客から選ばれるには、顧客のビジネスのどのあたりに可能性があるのか、あるいは課題があるのかを的確に掴まなければなりません。複合機はオフィスという空間を介して顧客との接点力が非常に強い商材で、この接点力を生かして顧客が今どのような状態にあるのかを把握していきます。
その次の段階として、デジタル技術を駆使した効率的なドキュメント処理やDynamics 365などのITソリューションを活用して、顧客企業が実際にイノベーションを起こすのを支援したり、そこに至るまでの課題を解決したりしていくというアプローチです。
今、業種・業務の具体的な課題を解決するITソリューション商材を増やしていますので、今後はITソリューションから商談が始まり、複合機やドキュメントのビジネスにつながる逆パターンも増えてくると見込んでいます。
Dynamics 365の販売を巡っては、自社のERPとしても導入を進めていますし、そのための人的リソースとしてDynamics 365に深い知見を持つ200人規模のSIerの富士フイルムデジタルソリューションズ(旧HOYAデジタルソリューションズ)を今年に入ってグループに迎え入れています。自社導入でいろいろな知見を獲得しつつ、同時に複合機やドキュメントの商材と組み合わせ、当社の特色あるビジネスイノベーションの価値提供に注力します。
南アジア、中南米に本格進出
――複合機のビジネスについて、旧富士ゼロックス時代は日本やアジア近隣が主な担当市場でしたが、富士フイルムBIになってからは世界市場がターゲットになりました。その進捗状況はいかがですか。
米ゼロックスとの技術提携の契約は終わりましたが、当社複合機のOEM提供は続いており、当社にとって米ゼロックスは重要な販売パートナーです。富士フイルムブランドでの販売に当たっては、世界の主要市場で“最後発”となりますので、現状、まずは米ゼロックスがあまり得意ではない市場や、競合他社や需要の傾向を総合的に分析して、勝ち目がある市場から優先的に進出しています。
直近では南アジアのバングラデシュで販売パートナーを獲得したのに続いて、今年4月末には中南米のメキシコでオフィス向けプリンタの販売をスタートしました。西半球ではメキシコが自社ブランド複合機の初めての進出先となります。オフィス向け以外では、独自の写真文化が盛んなインドは、高精細なカラー複合機や商業印刷機の販売が伸びています。
また、複合機と密接な関連があるドキュメント分野では、それぞれの国や地域の業務フローに合ったものを展開していきます。DocuWorksは国内外で累計800万本の販売を誇る製品ですが、自社開発の強みを生かして地域的な差異に適合した製品づくりを進めます。
――直近の業績についてお話いただけますか。
持ち株会社の富士フイルムホールディングスで、富士フイルムBIの業績に相当する「ビジネスイノベーション事業セグメント」の業績を開示しており、2021年4~12月期の同セグメントの売上高は、前年同期比1.8%増の5591億円と増収になりました。コロナ禍による世界的なリモートワークの広がりで、オフィスにおける複合機の稼働率が伸び悩むなかでも、当社は新製品を積極的に投入するなどして販売台数を伸ばし、ドキュメント関連やITソリューション事業の伸びも増収を後押ししました。ただ、半導体の供給不足からくる部品コスト増で営業利益は同9.6%減の422億円でした。
コロナ後の市場の変化や、新しい需要を見極めつつ、どう価値創造を最大化、具現化していくかが私に課せられた役割だと捉えると同時に、社員一人一人が価値創造に向けて果敢に挑戦できる土壌をこれまで以上に大切にしていきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
デジカメの台頭で写真フィルムの売り上げは2000年をピークに毎年2割ずつ下がり、わずか5年で実質消滅した。浜社長が富士フイルム時代に長らく担ってきたディスプレイ向け素材ビジネスも、初期のブラウン管から薄型へ移行するのに伴い液晶とプラズマの方式を巡る主導権争いが勃発。間髪を入れずに携帯・スマホ用の小型高解像度の需要が拡大するなど目まぐるしく変化した。
浜社長は顧客である国内外の電機メーカーに足繁く通い、業界や技術の動向を徹底的に聞き込んで自らの素材開発や販売に役立てることで、ビジネスを大きく伸ばしてきた実績を持つ。
ERP領域への進出をはじめ、今、富士フイルムBIが力を入れるITソリューション事業も、新旧の商材が目まぐるしく入れ替わる変化の激しい市場だ。顧客の課題や市場動向を調べ上げ、これまで培ってきた複合機やドキュメントの強みを生かしつつ、富士フイルムBIならではの価値創造につなげていく。
プロフィール
浜 直樹
(はま なおき)
1962年、東京都生まれ。86年、慶應義塾大学経済学部卒業。同年、富士写真フイルム(現富士フイルム)入社。2005年、フラットパネルディスプレイ材料事業部担当部長。15年、フラットパネルディスプレイ材料事業部長。17年、富士フイルム執行役員ディスプレイ材料事業部長。18年、富士フイルム取締役執行役員高機能材料開発本部長。21年、富士フイルムビジネスイノベーション(富士フイルムBI)取締役専務執行役員。22年4月1日、代表取締役社長・CEO就任。
会社紹介
【富士フイルムビジネスイノベーション】複合機を中心とする「オフィスソリューション事業」と、ドキュメント関連、ERPのDynamics 365事業、ビジネスプロセスアウトソーシング(BPO)事業からなる「ビジネスソリューション事業」の二つの柱からなる。グループ従業員数は約3万6000人。