バックアップとセキュリティの融合を推し進めるアクロニスは、ユーザー層を中堅・中小企業の領域へ広げている。SaaS方式での提供に加え、自社が運営するデータセンターをバックアップ先に指定することで、ITの専任者が少ない中堅・中小企業ユーザーでも採用しやすくしている。並行して中堅・中小企業に強い販売パートナーを重点的に増やし、ユーザー層のすそ野拡大に勢いをつけている。日本法人を率いる川崎哲郎社長は「新しく獲得した販売パートナーは、直近半年で昨年1年間の合計を軽く超えている」と販売網の拡充に手応えを感じている。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
パートナーが売りやすい商材に
――今年2月にアクロニス・ジャパンのトップに就いてから約5カ月、力を入れてきたところはどのあたりでしょうか。
アクロニスはバックアップソフト開発ベンダーでしたが、今はセキュリティと一体化した製品開発をしています。SaaS化も積極的に推進しており、2021年10月には企業向け製品を月額課金をベースとしたサブスクリプション方式に移行しました。
私がアクロニス・ジャパンに入る以前は、比較的規模の大きい企業がユーザーの多くを占めていましたが、SaaS化したことで中堅・中小企業ユーザーにも気軽に使っていただけるようになりました。
とはいえ、ユーザー層のすそ野を広げていくためには、全国津々浦々の販売パートナーに取り扱ってもらわなければなりません。私は販売パートナー網の拡充にとりわけ力を入れています。
――どのような施策によって販売パートナーを増やしているのですか。
まず当社製品の市場競争力があることを大前提として、販売パートナーが付加価値サービスをつけやすくしたり、すでに顧客企業が導入している製品と組み合わせて使いやすくしたりすることで、販売パートナーが売りやすいような製品やパートナー支援策を重視しています。
例えば販売パートナーが製品ライセンスを仕入れて売るだけでは利幅が限られてしまいます。そうではなく、パートナーが持つ商材の付加価値を高められるよう組み合わせて販売できるようにしています。あるパートナーはセキュリティ対策の運用支援サービスと組み合わせたり、また別のパートナーは自社運営のデータセンター(DC)をバックアップ先に設定したりといった独自のサービス体系を構築しているケースが見られます。
特に自治体や官公庁ユーザーはバックアップ先のデータがどこに格納されているのかの説明を求めるケースが多いと聞きます。販売パートナーが運営するDCであればバックアップ先は明確ですので、顧客にも納得してもらいやすくなります。
また、標準的な製品の操作画面には「アクロニス」のロゴが表示されますが、パートナーの「サービス」として提供する場合は、アクロニスのロゴや画面の配色の代わりに、パートナーのロゴやコーポーレートカラーを設定できます。顧客企業から見ればアクロニス色はなくなり、パートナーの独自のサービスとしてサービス体系のなかに組み込んでいただくことも可能です。
バックアップ保護に強みあり
――直近の国内パートナー数はどれほど増えているのでしょうか。
具体的な数は控えさせていただきますが、直近半年の新規販売パートナー数は、昨年1年間の合計を軽く超えています。
当社製品はバックアップとセキュリティを融合させた構造になっているため、当然ながらセキュリティとバックアップを別々に購入、運用する手間がかかりません。中堅・中小企業ユーザー層はIT専任者の数が限られているため、人手がかからないことはとても重要になってきます。冒頭にも触れたように自前でサーバーなどを用意しなくて済むSaaS方式であることも相まって、中堅・中小企業ユーザーと相性がよく、結果的に販売パートナーの増加につながりました。
当社は企業向けに直販していないため、先述のような販売パートナー重視の手厚い販売支援策についてもパートナーから評価をいただいているものと手応えを感じています。
――セキュリティは専業ベンダーが先行している分野です。バックアップベンダーが参入してどのように優位性を発揮しているのですか。
セキュリティの国際的な指針の一つである米国立標準技術研究所の基準に準拠し、脅威の識別、防御、検知、対応まで一通りの機能をカバーするとともに、バックアップベンダーの強みである復旧までをワンストップで実現しているのが最大の特色であり、優位性となります。
国内ではサイバー攻撃の実に8割がユーザーのデータ資産を暗号化して“身代金”を要求する「ランサムウェア」と呼ばれるタイプの攻撃が占めます。セキュリティの防壁で100%防げればよいのですが、実際はどのセキュリティ製品も完璧ということはありません。暗号化されてしまったときに有効なのがバックアップで、侵入したウイルスを駆除したのち、退避させておいたデータを元に戻すことで正常化します。
ここで注意しなければならないのは退避させたデータにウイルスが含まれていないことや、バックアップ機構そのものが攻撃され、無効化されないことです。ウイルスが混入したままでは元に戻してもすぐに暗号化されてしまいますし、バックアップ機構が無効化されたままでは元に戻せません。
そこで、当社が強みとするバックアップを保護するセキュリティ機構によって、万が一、システム内部にウイルスが侵入してしまった場合も、バックアップ先に感染させず、バックアップ機構も守ることで、より確実な復元を確保します。
DCを世界100カ所超に倍増
――「バックアップの保護」とは、どういった仕組みなのですか。
バックアップ先として、当社が運営するDCにデータ資産を退避させるクラウド型のバックアップに力を入れており、世界で約50カ所のDCを運営しています。クラウド型バックアップの世界市場全体を見渡しても25年まで年間平均24%程度で成長すると見られている有望市場であることから、当社では向こう2年間でDCを今の倍の100カ所以上に増やしていく計画を立てています。
まずは安全にデータを保護できる物理的なインフラを当社が用意した上で、ソフトウェア面でも当社DCのAPIを非公開とすることで、当社の正常に稼働しているソフト以外でバックアップ先に接続することを実質不可能にしています。また、ウイルスの侵入やサイバー攻撃を常時監視して、バックアップ先にウイルスが紛れ込んだり、不正な接続が行われないよう万全の体制を敷いています。
――ずいぶん大がかりな投資をしていますね。
DCなどのデータ退避に必要なITインフラ面の拡充と並行して、製品機能面では企業のシステム内に入り込んだ脅威を検知し、対処するEDR機能を年内に追加するとともに、情報漏洩対策の機能も強化しています。設備投資や新規のソフト開発への先行投資がかさむことを見越し、今年に入って投資会社などから2億5000万ドル(約337億円)の追加の資金調達を行うなどして、セキュリティとバックアップを融合させた当社独自の優位性をより強固なものにしています。
――クラウドバックアップの設備投資によって、ユーザー企業の負担は相当減りそうです。
そこが狙いでもあり、ITの専任者が限られる中堅・中小企業ユーザー層でシェアを拡大できるチャンスだと見ています。先述のランサムウェアの犯人はユーザーから盗み出した財務データをもとに企業体力を推定し、その企業が支払うギリギリの金額の身代金を請求するなど、ゆすりの手口も巧妙になってきています。
日本法人の従業員も直近2年で2倍に増えており、ユーザー層のすそ野を販売パートナーとともに広げることで、中堅・中小企業ユーザーのビジネスを守る活動に力を入れていく方針です。
眼光紙背 ~取材を終えて~
川崎社長は、大のサッカーファンという。サン・マイクロシステムズに勤めていた2000年代、親しい間柄だった販売パートナーがサッカーチームのスポンサーをしており、その縁で観戦に行ったのが好きになったきっかけだった。
多くの試合を観て感じたのは「強いチームは、基礎がしっかりしており、選手が皆同じ方向を向いている」ことだった。実は会社組織においても同じで、皆がバラバラの方向を向いている組織ではよい業績はつくれない。
強い組織とは、「同僚やビジネスパートナーに敬意を払う、企業規模の大小にかかわらず真摯に向き合うといったビジネスマンとしての基本を身につけつつ、その上で皆の心が一つにまとまっている組織」と捉える。「あたりまえのこと」と言われることもあるが、実際にやるのは難しい。愚直に実践していくことで強いチームづくりを目指していく。
プロフィール
川崎哲郎
(かわさき てつろう)
1961年、佐賀県生まれ。85年、早稲田大学理工学部卒業。同年、日本ディジタルイクイップメント入社。その後、サン・マイクロシステムズ、エフセキュア、SUSEなどを経て、2022年2月21日付でアクロニス・ジャパン代表取締役社長に就任。
会社紹介
【アクロニス】2003年にシンガポールで設立され、08年以降はスイスに本社を置くバックアップと情報セキュリティのベンダー。シンガポールと実質2本社制を敷く。グローバルでの直近のARR(年間経常収益)は2億7500万ドル(371億円)、従業員数約2000人。