「オブザーバビリティ」という言葉が話題となる機会がにわかに増えている。ビジネスのデジタル化が進む中、クラウド上のシステムを利用するユーザーの満足度が収益を直接的に左右する時代になってきた。オブザーバビリティを実現するソリューションを導入することで、ユーザー体験の質を可視化し、ビジネスを加速できるという。この領域で近年高い評価を得ているDatadog Japanの国本明善社長に、なぜ今オブザーバビリティが求められるのかを聞いた。
(取材・文/日高 彰 写真/大星直輝)
コンポーネントごとの監視はもはや無力
――Datadogは「オブザーバビリティ」のソリューションを提供しているということですが、従来のシステム監視とはどう違うのでしょうか。
かつては、ハードウェア、ミドルウェアのコンポーネントごとに、お客様が最適なモニタリングの仕組みを選択して、それぞれが個別にきちんと稼働していることを監視するのが当たり前でした。しかしクラウドは、物理的なハードウェアに依存することなく、動的にリソースを割り当てることができる世界です。インフラを構成する一つ一つのコンポーネントを考えなくてもシステムが構築できるようになりましたが、その裏返しとして、コンポーネントごとに監視するという従来の仕組みが機能しなくなってきました。
最初のころはクラウドで動かすものが小規模だったから何とかなっていたかもしれませんが、アプリケーションがマイクロサービス化して、細かいサービスの集団として動くようになり、他のクラウドのへのポータビリティが可能になって、さらにはサーバーレスのようにインフラ自体を意識すらしない技術も出てきています。結果として、システムの最終的なKPIは、コンポーネントごとの可用性や性能ではなく、それを使っているユーザーの満足度で測ることになります。
そのためには、いろいろなところにまたがって動いている、“雲”の向こう側にあるシステムをすべて見ておかないと、エラーや性能の低下が発生したときどこに原因があるのかわかりません。従って、全体を観測できるようなソリューションが必要ですね、というところで出てきた考え方がオブザーバビリティです。
――クラウドを活用してデジタルトランスフォーメーション(DX)を加速しよう、というかけ声の高まりとともに、オブザーバビリティというキーワードもよく聞かれるようになりました。
実は2年くらい前までは、「オブザーバビリティという言葉ははやりそうにないから、その中でAPM(アプリケーション性能管理)だけ取り出して訴求したほうがいいんじゃないですか」という意見をいただくこともあったんです。でも当社としては「いや、はやってなくても、うちはあくまでオブザーバビリティで打ち出していきます」と言っていたんですが、今年に入ったら他社さんもみんなオブザーバビリティと言い出して、早くから言っておいて良かったなと(笑)。
開発チームと運用チームの分断を解決する
――そのように現在では競合も多く存在する市場ですが、高い評価を得ている理由は。
実はDatadogは2010年に創業してから、最初のサービスを出すまで2年間、プラットフォームだけを開発していました。いろいろと新たなテクノロジーが出てきても、それまでのユーザビリティを変えずに、一つの仕組みでシステムを監視し続けられるような基盤を作っていたんです。このプラットフォームの柔軟性が非常に高く、クラウドの世界で求められる可観測性を単一のビューで提供できる点が高く評価されています。
当社の二人の創業者は、もともと同じ会社でそれぞれ開発の責任者と運用の責任者でした。開発チームと運用チームが自分たちの部分最適でいろいろなツールやテクノロジーを採用するために、どうしてもそこにサイロが生じてしまって、問題が起きたとき「向こう側のことはわかません」となって解決にも時間がかかってしまう。この課題を解決したい、誰がどんなテクノロジーを使っていても、みんなが同じビューで監視できる仕組みを作ろう、ということで、サイロを避けるための基盤を最初から設計したことが現在の競争力につながっています。
――製品体系を教えてください。
インフラモニタリング、APM、ログ管理のそれぞれについて、監視するホストの数、管理するログの容量ごとに費用をお支払いいただく形になります。Datadogは全部の製品が一つプラットフォームに統合されているので、ご契約いだたければすべての機能をその日から使うことができますが、使わないものまで購入する必要はないので、機能ごとにそれぞれ単価を設定しています。
なぜユーザー単位のライセンスではないのかというと、部門ごとのサイロを壊してすべての人が同じデータを見れば、無駄なコミュニケーションコストがなくなり、障害対応も開発も速くなるというのがコンセプトですので、「お金がかかるからDatadogを導入するのはこのチームだけね」といった話になってしまっては本末転倒だからです。今後はソフトウェアのエンジニアがビジネスをつくっていく時代です。デジタルビジネスで競争力を高めるために、どんどんDX人材を採用しようというときに、追加費用がかかるからこの人はDatadogが見られませんということがないような費用体系にしています。むしろオブザーバビリティが高まれば、必要以上に多数のホストを確保する必要がなくなるので、監視対象を減らせます。
人を張り付ける仕事から脱却できる
――販売チャネルはどのようになっていますか。
直販とパートナー経由の両方があります。パートナーはリセラー、マネージドサービス事業者、あと商流には直接入らないものの、例えばクラウド移行を進めたいというお客様にDatadogの活用のコンサルティングを提供しているパートナー、これらの形態があります。日本の場合にはパートナー経由の販路が非常に重要なので、今後はパートナーと一緒に行うビジネスが増えていくと思います。これまでは、新しいテクノロジーに積極的なエンジニアを自社で抱えているユーザー企業が当社のアーリーアダプターとなっていましたが、これからはその先に広がっていく段階です。
既に国内で約50社のパートナーがありますが、ユーザー企業にDatadogをより活用していただくため、ユーザーと伴走してくれる人材を増やしたいと考えています。直販のお客様にはわれわれのポストセールスのサービスを販売していますが、間接販売のお客様には、パートナーのSEが伴走していただけるよう、エンジニアのスキルを高めていく取り組みをしていきたいと考えています。Datadogはすべてマウス操作で利用できるので開発作業は必要ありませんが、クラウド移行やDXプロジェクトの中でどうDatadogを使い倒していくか、コンサルできる人材を必要としています。
――SIerなどのIT企業にとってDatadogを扱うメリットは何でしょうか。
インフラの運用が得意だけどAPMは苦手だとか、ログの分析は難しいとか考えていらっしゃるITベンダーはいると思います。新たな領域のビジネスを手がけようとしたら、これまでは、それぞれ別々のスキルを持ったエンジニアをそろえなければなりませんでしたが、Datadogを使うとそれが不要になるはずです。個別の技術を持たなくても、クラウドマイグレーションのような、付加価値の高いビジネスにシフトしていただくことができるのではないでしょうか。
――これまでであれば、ある領域の専門家をシステムに24時間張り付けておくことがITベンダーの提供できる価値だったかもしれませんが、もうユーザー企業もそんなことにお金を払いたくはなくなってきていますね。
エンジニアの人数も足りなくなっていますからね。せっかくスキルを磨いてITの世界に入ってきたエンジニアが、運用でずっと画面を見ている。何かエラーが起きたら怒られて、自分だけでは解決できないからあちこち連絡して、徹夜して、みたいな仕事で疲弊しているのは、大げさに言えば国益に反していると思います。世の中にはもうオブザーバビリティがありますので、これを使ってお客様の価値によりつながる仕事をしていただけるようなればいいなと思っています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「クラウド基盤の監視ソリューション」というと、インフラ運用のためのツールのように聞こえるが、Datadogはそうではなく、運用チームと開発チームが同じ指標を共有し、サービスの品質を高めていくための仕組みだという。
開発チームは、つくり上げたサービスをいち早く本番環境にデプロイしたいと考えているが、インフラを用意するためのプロセスやポリシーが複雑なために、環境が整うまで時間がかかるということはままある。開発チームは、なかなかインフラを用意してくれない運用チームにいらだちを覚え、運用チームは、平時の監視に割り込む形で多数寄せられるリクエストに辟易するという悲しい不和が発生する。これでは、システムに何かトラブルが起きたとき、互いのチームが力を合わせて問題解決に取り組むという体制も作りにくい。
Datadogは、開発と運用の当事者だったエンジニアが、部門のサイロを取り除くために考案したツールだ。DevOpsというと「アジャイル」や「CI/CD」といったキーワードがまず思い浮かぶが、DevOpsの加速にこそオブザーバビリティが求められる。
プロフィール
国本明善
(くにもと あきよし)
日本IBMで営業職に従事し、同社ソフトウェア事業のビジネス・アナリティクス事業部長などを務める。その後日本ヒューレット・パッカードでソフトウェア事業を統括し、同事業の分離にともない、2017年にマイクロフォーカスエンタープライズのマネージングディレクター兼社長に就任。20年1月より現職。
会社紹介
【Datadog Japan】米Datadogは、2010年にニューヨークで創業。クラウド基盤を監視し、潜在的な問題の発見やトラブルシューティングの高速化を図るためのサービス「Datadog」を提供している。日本市場では18年にオフィスを開設し、19年にDatadog Japanを設立した。