デジタルトランスフォーメーション(DX)の実現に向けた国内のデジタル化は、コロナ禍でその速度をさらに増した。SIerをはじめとしたIT流通事業者には、ユーザー企業の需要の変化への対応が求められている。大手ディストリビューターのSB C&SはSaaSビジネスの強化やAIの活用などを推進し、販売パートナーへの支援に力を入れる。溝口泰雄社長は「新しいテクノロジーをいかに早く、使いやすくお客様とパートナーに伝えていくのが使命だ」と力を込める。
(取材・文/岩田晃久、日高彰 写真/大星直輝)
変化するパートナーのビジネス
――現在のIT市場をどう捉えていますか。
企業のDXの取り組みが進み、そこに新型コロナウイルスへの対応が加わったことで、IT市場全体の変化が加速しました。クラウドやAI、IoTなどテクノロジーの進化により、デジタル変革を実現できるようになってきたことで、DXへの投資も増加しています。景気の波により、市場が揺れ動くことはありますが、今後も成長は続いていくと思います。
――コロナ禍によりSB C&Sのパートナーのビジネスモデルも変化したように思えますが、いかがですか。
パートナーは常に新しい顧客を開拓しなければなりませんが、従来の対面営業ができない状況となったことで、デジタルマーケティングをはじめ、営業現場の生産性を向上させるために、いろいろなチャレンジが行われていると認識しています。また、お客様のもとに商品を設置しに行くことができないため、クラウドサービスの販売も増加しました。以前からクラウドに力を入れなければならないと感じていたパートナーが、コロナ禍で一歩踏み出したという状況だと見ています。
――この数年は「Windows 7」からの更新、GIGAスクール、テレワークの普及など特需が続きましたが、今後は何がIT需要を牽引する要因となりますか。
AIやクラウド、5Gといった新しいテクノロジーの活用を目指す企業が増えてきているので、これらの需要は右肩上がりで伸びていくはずです。一方で、「Windows 11」や「Windows Server 2022」への切り替えもありますし、PCも入れ替えていく必要があります。このような、従来からのIT商材のリピート需要もあると考えています。
――社内ではどういった取り組みをされていますか。
当社でも働き方改革に取り組み、残業時間を削減し、オフィス勤務とテレワークを併用し自由に働ける環境を作りました。DXに長年、取り組んでいたこともあり、働き方改革を進めた中でも社員一人あたりの営業利益は伸びており、生産性を上げることができています。
SaaSビジネスを推進
――最近では、クラウド、特にSaaSビジネスに注力されている印象です。
当社は創業以来、ソフトウェアの新しい流通を担ってきた確固たる実績があります。そして、事業ビジョン・ミッションに「繋ぐ」を掲げていることから、新しいテクノロジーを早く、使いやすくお客様とパートナーに伝えていかなければいけないという使命感を持っています。
国内のクラウド活用は海外と比べ遅れているのが現状です。海外の場合は直販が主流ですが、日本の多くの企業はパートナーを経由してITを導入します。パートナーに(SaaSを)販売してもらえるよう頑張っていかなければいけないと感じています。
――パートナーがSaaSに注力していくには何が必要となりますか。
パートナーのSaaSビジネスを拡大するには、三つの要素があると考えています。一つめは「キラーアプリ」の存在です。例えばコロナ禍では「Zoom」「Microsoft Teams」「Webex」といった会議ツールの利用が進みキラーアプリとなりました。このようにお客様から必要とされるキラーアプリを今後も作っていくことは重要です。
二つめは、各SaaSメーカーにより課金の仕方が違うといった面倒な部分を解消し、なるべくパートナーが労力をかけずに済む仕組みを作る必要があります。
そして三つめは経営の考え方を変化させることです。従量課金になることで売り上げが一時的に下がるため、資金繰りが大きく変わるのはパートナーにとって厳しいことですし、営業の評価も難しくなりますが、サブスクリプション型ビジネスへの移行は、今やらなければならない状況となっています。当社でもセミナーなどで、パートナーの経営層向けにビジネス転換についてのメッセージを発信しています。
――具体的にはどういった支援を行っていますか。
クラウドサービスの契約管理を行うプラットフォーム「ClouDX(クラウディーエックス)」があります。受発注からサービス開通、課金、請求までの機能を提供し、SaaSビジネスのフローを簡素化できるため、パートナーはSaaSを販売しやすくなります。国内の商流に合う形のプラットフォームとするため、企画段階を含め10年以上をかけて試行錯誤しながら作り上げてきました。現在、ClouDXと連携するベンダーは150社以上となっています。
さらに9月には、SaaS専任チーム「Cloud Service Concierge」を立ち上げました。デジタルマーケティングなどを提供し、クラウドサービスの立ち上げをはじめ、ベンダーとパートナーの双方を支援します。ClouDXとCloud Service Conciergeは、他社との大きな差別化要素になりますので、注力していきます。
――直販をメインに展開し、パートナー戦略をあまり重視していないSaaSベンダーも少なくないように思えます。
7月にSaaSベンダーを招待したイベントを開催し、130社以上に参加していただきました。「Dropbox」のように海外では直販がメインでも、国内ではパートナーを活用して成功しているサービスを紹介するなどした結果、新たに取引を始めていただくベンダーもあり、とても好評でした。SaaS商材においても、国内のカバレッジを広げていくには、パートナーの力が不可欠です。これからもSaaSベンダーにパートナーの必要性を伝えていきます。
AI活用は社内から
――ソフトバンクグループ全体でAIを推進していますが、自社ではどういった取り組みをされていますか。
AIで注文書を自動的に解析したり、ソフトバンクのショップで需要予測に活用するなど、まずは社内で使い込むことからスタートしました。特に力を入れたのはAI OCRの活用です。最近、本格稼働したのですが、受注業務において40~50人分の工数削減効果があり、生産性が大きく向上しました。
社員にもAI教育を進めています。当社には、AIを手軽に「学べる・作れる・試せる」クラウド型AIプラットフォーム「AIMINA(アイミナ)」があるので、(AIMINAを)社員に利活用してもらうことを推進しています。
パートナーにAIを担いでいただくには、物がないと難しいと考え、NVIDIAのGPU製品の取り扱いから開始しました。そのビジネスを進める中で気づいたのが、AIにチャレンジしたいが、PoC(概念実証)を実施するのにも予算の関係で難しいなどといった声が多いことでした。そのため、表計算ソフトを使うような感じで手軽にAIを使えるようにしたいと考え、できたのが先ほど述べたAIMINAです。データを入れるだけで、画像認識や需要予測などがパターン化された形で出来上がります。それをそのまま活用したり、PoCとして利用したりするといったことが可能です。利用しているパートナーやユーザーからは、継続してAIMINAを使っていきたいという声をいただいています。
それに加えて、AIを理解してもらうことも大切です。AIは難しいと感じている人が多いため、DX教育コンテンツを提供しているアイデミーと協業し、AIMINAと連携したプログラムを展開するなどして、AI教育の充実にも取り組みます。
われわれはソフトバンクグループとして通信の部分でも強みがあります。最近では、IoTの案件で、端末からネットワークを介してどう情報を収集すればいいかという相談を受けますが、当社には解決できる技術力があります。今後、IoTの利用が加速していけば、大きなアドバンテージになるはずです。
――今後の展望をお願いします。
ICTはこれからまだまだ伸びていく市場です。ただ、ITビジネスに関与する企業は、現状のままではなく、事業モデルを変えたり、扱っていく領域を増やしたり減らしたりするリストラクチャリングに取り組まなければなりません。国内のデジタル化を推進するにあたりパートナーは重要な存在ですので、今後も(パートナーが)最新のテクノロジーを売れる仕組みを作っていきたいです。
眼光紙背 ~取材を終えて~
人も企業も変化するのは難しい。DXの実現に向けた動きが加速する中、ユーザーのIT需要もクラウドを中心に変わってきたことで、パートナーには従来の「モノ売り」から「コト売り」への変化が求められているが、今までのやり方を変えるのは容易ではない。
その中では、いち早く自社のDXを推進し、SaaSを中心としたクラウドビジネスでも豊富な実績を持つSB C&Sのノウハウが必要とされるはずだ。取材でも、パートナーや、その先のユーザーのために何が必要なのか、常に熱い気持ちを持って考えていることが伝わってきた。
「Key Person」への登場は3度目。「こんなに出てくる人もいないよね。どれだけ長くやっているんだって話だよね」と笑っていたが、その手腕への期待の表れと見ることもできるだろう。大きな成功を収め4度目の登場をお願いしたい。
プロフィール
溝口泰雄
(みぞぐち やすお)
1956年、長野県生まれ。同志社大学商学部卒業後、81年に諏訪精工舎(現セイコーエプソン)に入社。93年、日本IBMに入社。2000年、ソフトバンク・コマースに移り、01年に取締役に就いた。03年にソフトバンク・コマースと他3社の合併によりソフトバンクBB(15年にソフトバンクが吸収合併)が発足後、06年、ソフトバンクBBのコマース&サービス統括に就任。07年、取締役常務執行役員。14年4月1日、ソフトバンクBBのコマース&サービス事業部門が分社・独立して誕生して誕生したソフトバンク コマース&サービス(現SB C&S)の代表取締役社長兼CEOに就任。
会社紹介
【SB C&S】ソフトバンクBBからIT流通事業(コマース&サービス事業)部門が分社・独立し、ソフトバンク コマース&サービスとして2014年4月1日に発足。法人向けIT製品・サービスの大手ディストリビューターとして存在感を放つ。19年1月1日にSB C&Sに社名変更。