データセンター(DC)を運営するシンガポールのDigital Edge(デジタルエッジ)グループは、設立から2年余りでアジア6カ国に17カ所のDC(建設中を含む)を展開するなど急成長している。国内ではSIerの伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)や、通信サービスのアルテリア・ネットワークスのDCの一部を譲り受け、専業ベンダーならではの高効率な運営と規模のメリットを生かしてビジネスを伸ばしている。DC事業者のエクイニクス・ジャパンで約10年の経営経験を積み、デジタルエッジの創業メンバーに名を連ねる古田敬・デジタルエッジ・ジャパン日本代表兼本社プレジデントにDCビジネスの最前線で何が起こっているのかを聞いた。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
SIerや通信会社のDCを譲り受け
――DC大手のエクイニクス・ジャパンの経営に約10年携わった後、米Equinix(エクイニクス)グループの幹部OBらと合流して、デジタルエッジを2020年に立ち上げた経緯について教えてください。
デジタルエッジは、アジア圏でDCビジネスを手掛ける会社です。ご認識の通り、エクイニクス幹部OBが中心となって創業した会社で、私も創業メンバーの1人として参加しました。シンガポール本社プレジデントを務めるとともに、日本におけるDCビジネスの経験を生かして日本法人の代表も兼務しています。私も含めて経営幹部の半数くらいをエクイニクスOBが占めています。
主な出資元は、世界最大級のインフラ投資会社の米Stonepeak Infrastructure Partners(ストーンピーク・インフラストラクチャー・パートナーズ)で、日本や韓国、フィリピン、インドネシア、インド、中国の6カ国でDCを運営しています。DCの数は建設中のものも含めると17カ所で、うち9カ所が国内にあります。ほかにもベトナムやタイで新規DCの建設を検討中で、中国やインドでの増設も視野に入れています。
――国内では、21年に通信サービスのアルテリア・ネットワークス、CTCからそれぞれDC事業の一部を譲渡されています。CTCからの譲渡価格は241億円とかなり大規模で、これによってデジタルエッジの国内事業立ち上げに大きな弾みがついた印象です。
SIerや通信会社の本業はあくまでもSIや通信サービスですので、設備の品質が担保されるのであれば、何も自ら土地や建物、電気設備、空調の資産を揃える必要はないわけです。需要の拡大でDC設備そのものが大規模化するなか、資産や設備を維持するのも容易ではありません。そこで、DC専業である当社が資産や設備を譲り受け、より大規模で効率化したDCにつくり変えていくことで、結果として彼らの本業のビジネスにもプラスになることを狙ったものです。
CTCの場合は、DC設備の維持運営にCTCファシリティーズや関電エネルギーソリューション(Kenes)に参画してもらうことで、CTCグループとして運営に関わりつつ、Kenesの設備運用のノウハウも提供してもらう体制となっています。DCは規模が小さかったり設備が老朽化したりすると運営効率が落ちますので、DC専業である当社が設備部分を受け持つことで、規模のメリットを生かしていきます。
立地と規模、独自技術がかぎ
――DCを巡ってはエクイニクス、米Digital Realty(デジタル・リアルティ)、NTTグループなど大手競合がひしめくなかにあって、新規参入のデジタルエッジの事業を軌道に乗せることができた理由は何ですか。
DCは耐震性や電源の冗長化など一定の基準を満たしていれば、あとは価格勝負になりがちです。DCビジネスの競争力を発揮するには大都市中心部の立地のよさ、規模の経済の追求、他社にはない独自の技術の三つに集約されると見ています。当社はこれら要素をバランスよく展開することで新規参入を果たしました。
一つめの立地ですが、とりわけ国内では何かあったときにユーザー企業やSIerの担当者がすぐに駆けつけられる都市中心部の立地が重宝されています。今年3月には不動産会社のヒューリックと共同で都市型DCの建設を発表しており、25年にサービスを開始する予定です。規模は大きくないものの都心の立地のよさと相互接続性のよさを売りにしていきます。
二つめは郊外型のDCを持つことで規模の経済を生かしていきます。電源供給量で最低10メガワット以上あれば、それなりの規模のメリットを生かせます。サーバーラック1台の消費電力が5キロワットと仮定すれば、ラック換算で2000ラック相当の規模でしょうか。当社は直近で国内38メガワットの電源供給量がありますので、ラック換算で7600ラック相当を運営していることになります。
海外では建設中のものも含めると、韓国が123メガワット、フィリピンが10メガワット、インドが300メガワットなど、アジア成長市場に焦点を当てつつ規模のメリットを追求していきます。
――独自の技術の面ではどうですか。
一例を挙げると、フィリピンのDCでは最新の水冷式技術を導入して年間平均でPUE1.193の実現を目指しています。PUEとはDC全体の消費電力をIT機器の消費電力で割ったもので、PUE1以上の部分は主に空調や電源設備などIT機器とは直接関係ない部分で費やされています。DCはコンピューターの計算リソースを生み出す施設ですので、極論を言えばPUE1以上の部分はすべて無駄です。PUE1に限りなく近づけることを高温多湿のフィリピンでどう実現するかが腕の見せどころです。熱帯のフィリピンで実現できれば、他のアジアへの横展開の道筋も見えてきます。
クラウドの次はAIでDC需要が増大
――DCの市場環境はどのように捉えていますか。
DC需要は確実に大きくなっています。過去20年のビジネスを振り返ると、00年代は急増するインターネットの通信トラフィックを捌くための設備として規模が拡大し、10年代はクラウドやSaaSのITインフラとして機能しています。大手クラウドベンダーはハイパースケーラーと呼ばれていますが、近年はハイパースケーラーの旺盛なDC需要に支えられてきたと言っても過言ではありません。
正直、ハイパースケーラーの要求仕様に準拠し、特定のハイパースケーラー向けに特化したDCは非常に効率がよい。また、仕様通りにDCをつくるだけなら、土地と建物の専門家集団である不動産ディベロッパーのほうが有利でしょうし、現に彼らはDCビジネスに早くから進出しています。
当社のような複数のユーザー企業にDC設備を貸し出すマルチテナント型は、ユーザー企業ごとに使い方が異なったり、稼働状況もまちまちだったりしますので、運営に当たってはいかに効率を高めるかの工夫が求められます。この工夫がDC事業者のノウハウであり、他社にはない新しい技術を投入してマルチテナントでも高効率で収益性の高いDCビジネスを実現していきます。
――向こう10年のDCビジネスはどのように変わるとお考えですか。
引き続きハイパースケーラー需要は拡大する見通しですが、当社のようなDC専業ベンダーが勝ち残るには、技術力で勝負しなければならないと考えています。
これまではコンピューターを仮想化して、集積度を高め、一つのサーバーラックに多くの仮想化されたコンピューターを詰め込むことで効率化を図ってきました。一昔前はラックあたりの消費電力が2キロワット程度で済んでいましたが、集積度が高まったことで8キロワットを必要とするラックも珍しくありません。近年では電力の消費量が多いGPUを使ったAI演算も増えましたので、消費電力は増えるばかりです。
ここからは私の予想ですが、向こう10年はAIがDCビジネスのかぎを握るとみています。深層学習を駆使した翻訳や、文章・絵画などを生成するAIの進化は目を見張るものがありますが、AIはCPUやGPUの負荷が非常に大きい。AIで注目が集まっているGPUも、本来はAI向けに開発されたものではなく、たまたま役立っているに過ぎません。おそらく近い将来、AIに最適化されたアーキテクチャーや演算チップが登場し、それを効率よく運用できる次世代型DCが求められるようになるはずです。そうしたとき、当社ならではの技術力を発揮してビジネスを伸ばします。
眼光紙背 ~取材を終えて~
次世代DCはAIを動作させる基盤設備としての役割を担うと考える古田氏は、「AIは金融と似たところがある」と指摘する。非実体経済とされる金融(カネ)が人間を幸せにする側面があるのと同様、非実体的なAIも人間に幸せをもたらす存在になるとみているからだ。
AIが翻訳や文章、絵画、音楽など人間の思考や創作活動を支援することで、カネとは違った価値を生み出すようになる。一方、使い方を間違えるとカネを巡って争うのと同様に、AIが社会経済の混乱を招く元凶になる恐れがある。人類が金融とうまく付き合ってきたように、AIをどのように使うかがポイントになるといえる。
少しSF的な話になると前置きしつつ、「AIは人類を不幸にしない程度に人を操り、自分たちに電気をくべさせる存在になるよう仕向ける」とも話す。カネに操られることのないよう注意するのと同様、AIに操られないように、うまく使いこなして新しい価値を創造する時代がすぐそこまできている。
プロフィール
古田 敬
(ふるた けい)
1963年、東京都生まれ。86年、早稲田大学理工学部建築学科卒業。同年、丸紅入社。中近東や東南アジアでのインフラプロジェクト、北米での不動産開発、情報通信事業企画の立ち上げなどを担当。アバヴネットジャパン代表取締役、大手データセンター事業者の役員などを経て、2009年、エクイニクス・ジャパン代表取締役に就任。20年、有志とともにデジタルエッジグループを創業。日本代表兼本社プレジデントに就任。
会社紹介
【デジタルエッジ・ジャパン】シンガポールに本社を置くDigital Edge(デジタルエッジ)の日本法人。2020年5月15日に設立。首都圏と関西圏の計8カ所でデータセンター(DC)を運営。不動産会社のヒューリックと共同で建設する9カ所目の新DCが25年に開業する予定。