生成AIが注目を集めるようになったことで、世界的にAI活用の波が訪れており、半導体はますます社会的なインフラを構成する要素として認識されるようになった。半導体大手の米Intel(インテル)日本法人は、AIの活用に向けて、AI 処理をクラウド側ではなくクライアント端末側で実行する能力をもつ「AI PC」の展開に注力し、引き続き業界を主導する役割を担うと強調する。鈴木国正社長は、「引き続き半導体業界でリーダーシップを発揮し続ける」と意気込んでいる。
(取材・文/大向琴音 写真/大星直輝)
「シリコノミー」をけん引する
――2018年11月に社長に就任されて5年余りがたちました。振り返るとどのような5年間でしたか。
半導体産業全体の観点で言うと、供給が足りなくなっているタイミングでの入社でしたが、現在は状況が一巡し、再び安定的にお届けできる時期に入っています。あっという間の5年間でしたが、その間に戦略物資としての半導体の重要性が世界中に広まりました。その意味で、本当にやりがいを持ち続けながらこの仕事に取り組むことができています。
このところインテルでは、「シリコノミー」という言葉を使い始めました。これは「シリコン」(半導体材料のケイ素)と「エコノミー」を合わせた造語で、半導体が経済を引っ張る物質になっていることを表しています。シリコノミーが社会に浸透すると、企業や政府、自治体も含めて、事業の継続にあたっては半導体そのものを理解することが重要になります。
――もはや半導体はエレクトロニクス業界の一つのカテゴリーにとどまるのではなく、例えばエネルギーや製鉄のように、社会にとって基盤的な産業になりつつあると。
はい。そのため、この業界をけん引する存在であるインテルの責任として、企業や政府の皆さんとより近い位置で、深いコミュニケーションを取るようにしないといけないと感じます。そして、半導体業界の安定を目指し、柔軟かつ回復力のあるサプライチェーンをつくることに注力しています。これは、インテルが定める三つのフォーカス領域のうちの一つで、「グローバルサプライチェーンの強靭化」に関わります。シリコノミーの責任はサプライ側にあり、ここ4~5年でインテルとしては10~15兆円を投資する方向で動いています。
――三つのフォーカス領域の残り二つは何でしょうか。
グローバルサプライチェーンの強靭化のほかには、「ムーアの法則の継続」と「AIの民主化」を掲げています。ムーアの法則では、半導体の集積率は1年半で2倍になるとされていますが、近年では、このペースは維持できなくなると指摘されるようになってきました。しかし、インテルとしては絶対的に継続することを目指しています。例えば今年、半導体製造の後工程において、(集積度を高めるための新たな実装技術となる)「アドバンストパッケージング」を発表しました。パッケージング技術でインテルは業界の一歩先を進んでいます。ムーアの法則を継続できるとする根拠を既に持ち合わせています。
AIの民主化をAI PCで実現する
――AIの民主化について詳しく教えてください。
AIの学習を高速化するのに特に有効とされているのがGPUですが、現在AI用のGPUといえば米NVIDIA(エヌビディア)の製品を指すという状況です。しかし、この先もエヌビディア1社に依存するというわけにはいかないと思います。われわれがこの市場に自社の製品をしっかりと用意していくことが、AIの民主化につながると考えています。
インテルではAI PCを本格的に立ちあげることをAIの民主化に向けた戦略の一つとしており、25年末までに世界で1億台のAI PCを普及させることを宣言しています。AI PCを実現する第1弾となるのが、「Meteor Lake(メテオレイク)」の開発コードネームで呼ぶ「Core Ultraプロセッサー」です。CPU、GPUに加えてNPU(Neural Processing Unit、AI処理の高速化回路)を全て包含している半導体で、これを使ったPCが、24年初頭くらいから市場に出てきます。
――NPUを搭載したPCの普及には一定の時間がかかります。NPUに対応したソフトウェアを書いてくれる開発者を集めるのも簡単ではないと思いますが、AI PCの普及を加速するための戦略はありますか。
秘策のようなものはありませんが、ここは、コンピューターの民主化を実現したインテルが持つ文化や経験値が生きる部分になるといえます。とにかく、多くの開発者を巻き込むオープンエコシステムの構築を徹底することです。今年10月に「AI PCアクセラレーション・プログラム」を開始し、数多くのデベロッパーの方たちと一緒にAI PC向けアプリケーションの開発に取り組んでいます。
AI PCによってAI処理の一部をクラウド側からエッジ側に持ってくることで、新たなAIの使い方が出てくると思います。現在想定されているだけでも、会議の議事録作成、メールやチャットの内容の要約、コンテンツの作成や編集、パーソナルアシスタント、セキュリティツールの高度化など、さまざまなものがあります。ここを一つのトリガーにして、AIの世界におけるインテルのポジションをつくっていきます。AI PCによって「小規模AI」のようなものがエッジ側のいろいろなところで動き、アプリケーションとして形になっていくというのが、インテルがパートナーと一緒につくれる世界観だと思っています。
受託製造では挑戦者として戦う
――日本は成熟市場で、かつてのようにPCやサーバーの出荷が毎年自動的に伸びていく状況にはありません。国内にどのような商機を見出していますか。
日本は、社会課題を多く抱えている「社会課題先進国」で、高齢化や人口減少など、さまざまな課題があります。しかし、オポチュニティが多くあると考えることもできます。もちろん半導体を供給することは一義ではあるものの、それとともに取り組んでいるのは、顧客と一緒に変革を考える「トラスティックアドバイザー」(信頼される助言者)としての活動です。
インテルの特徴は、さまざまな分野に関する高い技術力と幅広いナレッジがあることと、幅広いエコシステムパートナーが存在することです。どのようにDXを進めるか、どのようなことを企業の戦略とするのかなどについて、パートナーとともにヒアリングするようにしています。特に5年前からはそのようなユースケースをいくつかつくってきました。われわれを介して顧客とパートナーをつなぐことができるので、インテル自身はアドバイザー料などをいただくことなく顧客の変革に向けてアプローチできるのが強みです。
――コロナ禍で急速に高まったリモートワーク需要の反動もあり、23年はPCの出荷数という意味では世界的に厳しい年でした。24年以降のIT事情について、どのように推移すると見ておられますか。
グローバルでも日本でも、24年前半は引き続き厳しいものの、後半は出荷数が戻ってくるのではないかと予想しています。PCに関して言えば、23年は前年比でマイナス成長でしたが、24年後半はプラスになることが期待できます。特にAI PCが市場に大きく貢献していくでしょう。
サーバーについては、実は23年に既に成長を見せています。今後、DX需要を発端として、小規模な生成AIが増えていくと、サーバー出荷数もある程度期待できると考えています。10年ほど前から、企業のIT基盤はクラウドへシフトしていくとの説がありました。しかし、近年ではエッジなど、オンプレミスへの回帰もみられるようになり、ずいぶん状況は変わってきています。
――インテルはPCとサーバー向けのCPU市場では圧倒的なシェアを獲得している「王者」ですが、半導体業界全体を見ると、エヌビディアのようなチャレンジャーが勢いをつけているようにも感じます。どのように迎え撃ちますか。
私自身王者の時代とは違う状況が来たと認識しています。その一つの表れとして、当社はファウンドリー(受託製造)事業を確立すべく、数兆円規模の投資を行っています。明日の、明後日の世界最先端の半導体は、インテルのファウンドリーサービスを利用して作られるかもしれない。いえ、作られるようになるはずです。
また、ソリューションの開発の部分では、われわれがCPUで築いたパートナーシップの強みをどのように生かすかが重要になってきます。AI PCはその一つの例で、インテルが描くAIのエコシステムをつくっていくことが、ビジネスとして取り組まなければならない大きなテーマだと考えています。今後も新しい世界を切り開いていくべく、リーダーシップを発揮していきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
鈴木社長はAI PCの活用に関して、AIに記憶力や脳の整理を補助してもらえるパーソナルアシスタントや、複雑な編集なしに音楽やビデオを作成できるアプリケーションなど、幅広く開発が進むのではないかと予測。「AI PCで間違いなく面白いアプリケーションが開発されるようになると思う」と自信を見せる。AIのワークロードが、高価なGPUが集積されたクラウド一辺倒となっている現状にくぎを刺しつつ、AI PCの普及によって、生活者やビジネスパーソンの一人一人にAIがわかりやすいメリットをもたらしてくれる時代が来ると展望する。
インタビューの中では、電子部品業界のリーダーとしての「責任」という表現を用いる場面がしばしば見られた。過去数年の間、業界ではサプライチェーンの大混乱が発生し、顧客のIT投資に大きな影響を与えた。供給体制の強靱化については「競争優位性を確立するためというよりも、世界の経済を支えることが目的」と説明し、あの混乱は繰り返さないと決意をにじませる。
プロフィール
鈴木国正
(すずき くにまさ)
1960年、神奈川県生まれ。横浜国立大学経済学部を卒業後、84年にソニーに入社。99年にVAIO事業本部 Global VAIO Directプレジデント、2006年に同事業本部副本部長に就任。08年に米Sony Electronics(ソニー・エレクトロニクス)のEVP、09年に業務執行役員VAIO事業本部本部長兼ソニー・コンピューターエンタテインメント副社長、12年にソニーモバイルコミュニケーションズ社長兼CEO、14年にソニー執行役員兼ソニーエンタテインメントEVP、18年にソニー生命保険理事に就任。同年11月から現職。
会社紹介
【インテル】米国本社は1968年、半導体技術者のロバート・ノイス氏とゴードン・ムーア氏によって設立。創業当初は半導体メモリー、続いてマイクロプロセッサーを主力製品とし、世界のPC向けCPU市場でデファクトスタンダードの地位を確立する。2022年12月期通期の売上高は631億米ドル。日本法人は76年設立。