NECはここ数年、DX共通基盤「NEC Digital Platform(NDP)」の整備・活用や、上流コンサルティング体制の強化に力を入れている。今後の成長の中核に据える「コアDX事業」では、オファリングを拡充しており、森田隆之社長は「顧客や社会への価値とインパクトを起点にしなければならない」と話す。個別開発や製品ありきの提案から、顧客価値をベースとしたビジネスへの転換を目指す考えだ。
(取材・文/大畑直悠 写真/大星直輝)
データドリブン経営の取り組みが進展
――2021年度以降、コアDX事業を成長の中心に据える戦略を推進されてきました。国内企業のDXの進捗について、どのように見ていますか。
DXの本丸は、データのあり方も含めて基幹システムを見直すことです。一方で、投資のプライオリティの問題もありますが、コストがかかったり効果が見えづらかったりすることから、基幹システムは塩漬けにしたまま、カスタマーエクスペリエンスのような、即効性のある領域での取り組みが中心に進んでいるように感じます。しかし、例えばRPAのように、特定のプロセスそのものを変えることなく、機械化によって効率化するやり方には、一定の限界があります。
そうした中で、基幹システムと業務プロセスそのものを変えなければいけないと覚悟を決めた企業が、徐々に現れてきているのが現状だと思います。これは生半可にできるものではなく、長期にわたる変革になるので、まだまだ主流にはなっていないでしょう。
――NECでも社内のDXとして、基幹システムの刷新と業務プロセスの標準化を進めています。現場からの反発もあるかと思いますが、どのように取り組まれていますか。
構想から実行まで2年ほどかけて、ウォークスルーも事前に2回実施し、端末などにおけるシミュレーションのトレーニングもしましたが、23年5月にフェーズ1としてリリースした受注管理のプロセスはシステム上だけで完結させることができず、第1四半期は一部を手動で処理して乗り切りました。第2四半期でようやく全件に対応できる状態になりましたが、現場からは「何のためにやっているのか」「自分たちは楽になったわけではない」という声がありました。
それを踏まえ、課題を収集し、例えば少額案件に関して簡易的なプロセスを導入するなど、相当丁寧に対応してきました。また、QA対応や現場支援、プロセスやルールを見直すチームをつくったり、アジャイル型の開発対応として集めた要望に優先順位をつけたりしました。その結果、プロセス変革の対応に関わる時間や、クレームの数は激減しています。
システム刷新でいかに会社がよくなるのかを実感できることが重要なので、各案件の状態や売り上げ、利益の情報を確認できるようにする“経営コックピット”をリリースし、これを使った戦略や施策の実行も回り出しています。同時に、多くの社員がアクセスできるようにしており、現在は67の情報テーブルを開示し、データを活用可能にすることの意義を社内に浸透させています。
――データの可視化だけでも簡単ではないと思いますが、データドリブン経営の実現という点では、可視化したデータを意思決定や施策の実行に活用することが求められます。
それはまさに各マネジメントにやってもらわないといけません。新たな基幹システムはNEC本体だけでなく、24年度には最大の子会社であるNECソリューションイノベータにも展開する予定です。これにより、SI型のプロジェクトは連結で一貫して中身が見えるようになり、データを事業に生かす効果をより実感できるでしょう。
また、NECの生成AIを活用し、施策をレコメンデーションする仕掛けをビルトインすることを検討しています。生成AIの活用に関しては社内でマーケットプレイスを作り、生成AIを使ったアプリケーションやプロンプトを共有し、みんなで使えるようにすることで活用を加速させています。
パートナービジネスにもNDPを適用
――パートナー戦略についてお聞かせください。注力領域であるコアDX事業では、DX共通基盤のNDPを活用したSIの効率化に取り組まれていますが、これにより、顧客ごとに個別のシステムを“人海戦術”で作り上げる案件は減っていくと考えられます。これまでリソース面でNECに協力してきたパートナーの役割はどのように変わっていくでしょうか。
そこは鮮明にしていかなくてはならないと考えています。販売店向けのNDPの提供モデルを用意し、NDP上のモジュールやレイヤー上で販売店やSIerの各社が持つ商材を組み合わせてビジネスできるようにしていく必要があります。パートナーエコシステムにとってもNDPは重要な基盤にしなくてはなりません。
特にセキュリティは期待されており、パートナーが持つ業務アプリケーションと組み合わせて提供できる領域になるでしょう。大手企業向けだけではなく、SMB向けのセキュリティソリューションも用意します。
――生成AIについては、業界・業種や企業ごとに特化したAIモデルを提供する戦略を発表しています。生成AIでもパートナーとの協業を進めるのでしょうか。
これからになりますが、NECが基盤やツールを提供し、各パートナーが得意な領域のアプリケーションの組み上げを担うかたちで取り組んでいきたいと考えています。それには「この業種には強い」「この機能には強い」といった、パートナー各社が強みとする領域の方向性を明確にし、共有していただくことが大事です。24年度にはオンプレミス上で動作する生成AIも発表予定です。業種や企業規模によってはわれわれだけでは手の届かないところが出てくるはずですので、パートナーと補完関係を築きながら、顧客を支援します。
顧客への提供価値をオファリングに翻訳する
――23年に、コアDX事業を推進する横串の組織として「デジタルプラットフォームビジネスユニット」が設立されました。これにより、何が変わりましたか。
組織横断的な活動や注力領域に十分なリソースが配分されていなかったという課題に対し、新たなビジネスユニットの設置によってリソースの再配分が進めやすくなりました。単純化して説明すれば、例えばクラウドとオンプレミスの製品を提供する部門が違っていたために、顧客の要望やメリットに応じた商材の選択ではなく、各部門が自分たちの扱う商材を優先して提案するような部分がありました。デジタルプラットフォームビジネスユニットには、アビームコンサルティング、NECソリューションイノベータ、販売店対応部隊も含まれており、誰が対応するべきかを自分たちで決められるようになりました。
――コアDX事業で取り組む、個別SIからオファリングへのシフトや、上流起点での提案、SIの共通化・効率化といったことは、必ずしも新しいトピックではなく、以前からSIビジネスの課題として挙がっていた点だと思います。なぜ、これまで解決が難しかったのでしょうか。
変化球のような答え方になりますが、例えば「ソリューション」という言葉を使うと、そこで思考が停止し、問題が解決したような気がしていたのではないでしょうか。本当に重要なことは、ただ定義を変えて言葉遊びをするのではなく、どのような経済価値や社会インパクトを出せるかに応じて、提供の仕方を整理することです。ソリューションと言ってさまざまなコンポーネントを集めてくるのではなく、顧客に提供できる価値を把握し、それに応じた適切なプライシングをしなければなりません。
これから特に強くしなければならないのは、マーケティングの部分です。マーケティングというと広告やブランディングのことだと勘違いされるかもしれませんが、そうではありません。顧客にとっての経済価値や社会インパクトをどう実現するか。それをNDPをベースにしたオファリングの形態に翻訳し、上流から構築、運用までカスケードダウンしていくことです。重要なのは、最終的なベネフィットを受ける人にとっての価値やインパクトがどれだけかをちゃんと理解すること。それによって、適切なプライシングができるわけですから。ただ、顧客にとっての価値といっても、お客様ごとに状況は違うので、個別の事情に一つずつ対応するとなれば、共通基盤の活用という考え方とは相矛盾してしまいます。
そうするとやはり、自分たちが提供しているものは一体何なのか、という適切なセグメンテーションが重要になってきます。NECとしてやらなければならないことは多々ありますが、社内事情や表面的な数字だけに関心を向けず、自分たちの仕事を顧客への価値や社会インパクトへどう翻訳できるかを常に頭に入れていれば、道を誤ることはないでしょう。
眼光紙背 ~取材を終えて~
取材の際、新しいビジネスモデルの創出が「単なる言葉遊びになってはいけない。言葉遊びは何も生み出さない」と何度も口にした。今後の成長ドライバーとして位置付けるコアDX事業は順調に利益を積み重ねているが、今後も事業を拡大させるためには「われわれが提供するものの価値が顧客にとってどれくらいのインパクトを生むのか、われわれ自身が把握しなければならない」と力を込める。
23年のNECをひとことで表すと「変革の年」。海外に対し、国内のDXが遅れていると言われて久しいが、国内のトップベンダーの1社であるNECが23年に進めた組織の変革やコアDX事業の進展によって、日本のIT市場はどのよう変わるのか。24年にその成果が表れるだろう。
プロフィール
森田隆之
(もりた たかゆき)
1960年2月生まれ。83年に東京大学法学部を卒業しNEC入社。米国法人への出向などを経て、2006年に執行役員兼事業開発本部長、11年に執行役員常務、16年に取締役執行役員常務兼CGO(チーフグローバルオフィサー)、18年に代表取締役執行役員副社長兼CFOなどを歴任する。21年に代表取締役執行役員社長兼CEOに就任、23年6月から現職。
会社紹介
【NEC】1899年に創立。正式名称は日本電気。2023年3月期の連結決算では売上高が3兆3130億円、調整後営業利益が2055億円。連結の従業員数は11万8527人(23年3月現在)。