電通国際情報サービスは、2024年1月1日付で社名を電通総研に変更し、生活者や自治体などを含めた社会全体の課題解決に挑戦する姿勢を明確にした。3月22日付で新体制トップに就任した岩本浩久社長は、RFP(提案依頼書)を起点とした従来のSIビジネスを大切にしつつも、将来を見通す洞察力を備えたコンサルティング力を伸ばす方針。広告代理店業やマーケティングに長け、企業と生活者の接点を担う電通グループとの連携を一段と深め、システムの実装力を兼ね備えた“唯一無二の総研”としての独自性を打ち出していく構えだ。
(取材・文/安藤章司 写真/大星直輝)
社会課題の解決を視野に入れる
――まずは電通国際情報サービスから電通総研へと社名変更した狙いをお聞かせください。
当社は30年度に年商3000億円への成長目標を掲げていますが、既存のSIerとしての事業領域だけで到達するには難しいと判断したことが理由の一つです。伝統的なSIerのビジネスモデルは、ユーザー企業からシステム更改のRFPをもらい、それに沿って更改プロジェクトを提案しますが、RFP起点のビジネスはユーザーのやりたいことや予算がすでに決まった状態であり、その枠の中でやりくりするのが通常の流れです。
そうではなくて、ユーザーのビジネス戦略をともに考え、業務的な課題解決のみならず、脱炭素や少子高齢化といったもっと大きな社会課題に挑んでこそビジネスの伸びしろがある。伝統的なSIビジネスを続けながら、さまざまなデータ分析や調査によって将来を見通す総研機能を伸ばし、新領域に挑戦する姿勢を明確にするため「電通総研」へと社名を変更するに至りました。
――「総研」と名のつく会社はほかにもあり、それぞれSIerとしての顔も持っています。どのような特色を出していきますか。
当社は電通グループに属しており、グループ各社との協業ビジネスにも力を入れています。電通グループは、広告代理店やマーケティングのビジネスに代表されるように広く生活者や自治体などとの接点を持っており、当社はB2Bのビジネスが主力です。双方の特性を組み合わせれば、ビジネスの立案からシステムへの落とし込み、生活者や自治体といった社会全体につながる導線を構築することが可能になります。
B2Bビジネスの最上流から広く全国の生活者まで接点を持つB2B2Cの企業体は、私の知る限り電通グループが唯一無二の存在であり、当社がその中で総研とSIの領域を担う位置付けとなります。当社に総研機能を集約するため、電通総研の立ち上げに当たって、当社のコンサルティング子会社2社と、電通グループの国内事業を担うdentsu Japanのシンクタンク機能を当社へ統合させています。
――電通グループとは、これまでも連携ビジネスを手掛けてきたのですか。
当社の主要な事業セグメントの一つのコミュニケーションIT事業セグメントの一部で連携ビジネスを手掛けています。昨年度(23年12月期)の同事業セグメントは、連結売上高全体の33.5%を占めており、このなかで電通グループ向けのSIビジネスや、グループ企業と連携したビジネスを手掛けています。社会課題の解決まで視野に入れ、強みとなるB2B2Cのビジネスを伸ばしていくには電通グループの連携がカギを握ります。
未成熟な先進システムに挑戦
――24年3月22日付で新体制のトップとして、かじ取りを担う岩本社長のキャリアを教えてください。
製造業ユーザー向けのSI事業が私のキャリアの中でいちばん長いです。以前の社名である電通国際情報サービスと聞いて、皆さんどんなSIerをイメージするでしょうか。当社の成り立ちは1975年に電機大手の米General Electric(ゼネラル・エレクトリック)の合弁会社としてスタートした経緯もあり、製造業に強いイメージを持っている方が多いと思います。
実際、製造業向けビジネスも強みとしていますが、ほかの開発主体の事業部門とは少し毛色が違っていました。手組みでゼロからシステムを開発するSI案件より、海外の優れたパッケージソフトを国内ユーザーに販売する技術商社の性格が強い事業部門です。例えば、金融業向けのビジネスでは大規模な開発プロジェクトが多くを占め、難易度の非常に高い開発プロジェクトを仕切る腕利きのプロジェクトマネージャーが当社に多数在籍しています。
――担当する業種が異なるだけでなく、技術商社として、または大規模プロジェクトの受託開発タイプのSIerと、ビジネスモデルが違うのも興味深いです。
今から15年ほど前の話になりますが、欧米の三次元CADなどの設計開発システムを輸入して、国内精密機器メーカーへ提案するプロジェクトを担当させてもらったことが、個人的にとても印象に残っています。
その設計開発システムを精密機器メーカーの業務と突き合わせてみたところ、合わないところが多すぎて使いものになりませんでした。そこで日本のユーザーからの要望や改修点を取りまとめて開発元ベンダーに伝え、ユーザーと一緒に手直ししました。ただ仕入れて売るのではなく、ユーザーが導入して成果を上げられるまで責任を持つことを徹底しました。
――とても手離れの悪いパッケージソフトだったのですね。売り手にとってみれば利幅も限られたのではないですか。
もちろん買い手も売り手も、パッと使えて、すぐに成果が出せるシステムがよいに決まっていますが、設計開発という製造業の中核を担う重要システムでそんな都合のよいものは存在しません。ユーザーにもSIerにもそれぞれライバルはいますので、そうしたものがあれば皆さんはすでに導入済みでしょう。ライバルがまだ手をつけていない先進的なシステムになればなるほど未成熟であることが多く、導入のハードルは上がります。ユーザーがSIerに本当に求めるものはどんな困難が立ちふさがっても最後までやり抜く粘り強さと、裏付けとなる技術力、そして成功させるという熱量なんだと思います。
製造やバックオフィスに強み
――製造業ユーザー向けのビジネスは、その後どうでしたか。
難航した精密機器メーカー向けのプロジェクトを完遂した話は、同業他社にも伝わって大手自動車メーカーやほかの電機メーカーの案件獲得につながって今に至ります。昨年度の製造ソリューション事業セグメントは前年度比12.8%増の411億円でした。売上高全体の28.8%を占める事業の柱として力強い成長が続いているのは、過去の実績の積み重ねがあってこそです。
――独自開発のパッケージソフトはどんなものが売れていますか。
製造や金融、バックオフィスなどの分野で自社製品を開発しています。例えば、製造業向け売れ筋製品で、モデルベース開発支援を行う「iQUAVIS(アイクアビス)」は150社余りのユーザーに利用されています。コンピューター上の仮想空間で試作して完成度を高めてから物理的な試作品をつくるもので、設計開発の効率を高められる点を評価していただいています。ほかにも人事給与の「POSITIVE(ポジティブ)」の納入社数は2700社余り、連結会計の「STRAVIS(ストラビス)」も約950の企業・グループに採用していただくなどバックオフィスにも強みを持っています。
――話をうかがっていると、電通総研がこれまで手がけてきたビジネスからは伝統的な日本のSIerの印象を受けますが、ここから「総研」機能を伸ばすのは大きな挑戦となりそうです。
SIerはITの側面からユーザーを支える縁の下の力持ち的な存在で、それはそれでとても重要な仕事であり、これからも大切にしてきます。その上で「総研」と名乗る以上は、社会課題の解決や変革に役立つ存在でなければならず、かつ当社が主体的に働きかけて変革のビジネスパートナーにならなければなりません。
電通国際情報サービス時代は、ユーザーがシステムの更改や開発をするときに頼りになるパートナーとご認識いただくケースが多かったと自負していますが、今後はユーザー自身がまだ何を実現したいのか明確になっていないアイデア段階でも「頼りになる相談相手」と認識いただけるよう、将来を見通すような洞察力を備えたコンサルティング能力と、提案内容を着実に実現する実装力を兼ね備えた企業体へと成長していく方針です。
眼光紙背 ~取材を終えて~
SIerとしてユーザー企業のために全力を尽くし、ときに利益を度外視しても結果を残すことは「長い目で見て大きな利益につながる」が岩本社長のビジネスに対する基本的な考え方。ことわざで表現すれば「情けは人の為ならず」が当てはまるとも。
どのような自分になりたいのか、どのような企業をつくりたいのかという先を見通す視野は、これから伸ばしていく総研としてのビジネスにも通じるものがある。「自分が求めている将来像が見えていないと、誤った判断をしてしまう危険が増す」
総研として社会の大きな課題を解決していくに当たり、「現場を熟知し、ユーザーを巻き込んで共に困難を乗り越えていく力がより重要になる」とみる。「『泥臭い現場に深く入り込んでくれる頼もしいパートナー』と、ユーザーから評されるのが何よりも大きな自信につながる」と話す。
プロフィール
岩本浩久
(いわもと ひろひさ)
1971年、埼玉県生まれ。95年、上智大学理工学部物理学科卒業。同年、電通国際情報サービス(現電通総研)入社。2007年、製造ソリューション事業部クライアントソリューション1部部長。19年、上席執行役員製造ソリューション事業部長。21年、常務執行役員製造ソリューションセグメント長兼製造ソリューション事業部長。23年、専務執行役員事業統括。24年3月22日、代表取締役社長に就任。
会社紹介
【電通総研】本年度(2024年12月期)連結売上高は前年度比7.3%増の1530億円、営業利益は同7%増の225億円を見込む。連結従業員数は約3600人。30年度に連結売上高3000億円を目標に掲げる。