クラウド経費精算大手のコンカーが新たなステージに挑もうとしている。今秋に控える国内データセンター(DC)の開設を弾みに、これまで接点が薄かった公共や金融の両業界への訴求を強化する狙いだ。既存顧客に向けては、AIやビッグデータといった先端テクノロジーを積極的に活用することで、経費精算業務のさらなる高度化を支援する。1月に就任した橋本祥生社長は、新たな顧客の開拓と最新テクノロジーの導入を通じて「コンカーの第2章を進めたい」と意気込む。
(取材・文/大畑直悠 写真/馬場磨貴)
経費精算からDXを
──社長に就任した率直な気持ちをお聞かせください。
びっくりしたというのが正直なところです。入社以来、さまざまな部門の責任者を経験していたことが理由の一つだと思います。加えて、今秋にオープンする国内DCをめぐっては、本社から承認を得るまでに4、5年を費やして粘り勝ちした経緯があり、この交渉で示した胆力も評価されたのではないでしょうか。
──現在の市場環境をどのように見ていますか。
日本の労働人口が減少する中で、経費精算業務を効率化するテクノロジーの重要性は高まっています。経費精算をなくすためには「キャッシュレス」「ペーパーレス」「運用レス」「承認レス」の四つのポイントがあると考えています。それぞれのパーツごとに見ると成熟している顧客は多く、特にキャッシュレスやペーパーレスは進展しています。運用レスの面では、システムがナビゲーションをすることで問い合わせをなくす支援や、当社が業務代行するビジネスが好調です。成果は出ていますが、まだまだデジタル化する余地は残っていると感じます。さらに今後、チャレンジしていかなければならないのは、承認レスの部分です。これにはAIなどのテクノロジーの活用を発展させ、人手を介した作業をなくしていく必要があるでしょう。
──今後の製品展開はそういった考えに沿う内容になりそうですね。
AIやビッグデータを活用した新たなサービスの提供を検討しています。まだ構想段階ではありますが、経費の申請プロセスにおいて、金額が正しいかどうかや、各企業で定める規定に沿った申請であるかをAIによって自動でチェックする仕組みを通じて、業務の削減をサポートすることなどを考えています。ビッグデータの活用では、例えば企業が保有するさまざまな会計データを掛け合わせて出張経費の傾向をAIで分析し、ビジネスにあまり貢献していないエリアに経費が過剰に投資されていないか、といったインサイトを抽出します。
また、国内の顧客は同業他社の傾向に非常に関心が高いため、当社が幅広い顧客層への支援と長い実績の中で蓄積したデータを用いたベンチマークを示すことで、各顧客の経費精算を最適化するサービスを展開します。経費精算は顧客ごとにさまざまな特徴があり、ワークフローが複雑だったり、一つの明細に入力する項目が多かったりするため、ベンチマークに基づいて自社の経費精算業務を検討し、改善すべき部分を明確化する支援が可能です。
──新たなサービスでは、単に経費精算を効率化するだけではなく、経営の意思決定や変革の支援も狙っているように感じます。
その通りです。顧客には「経費精算からDXを始めましょう」という話をよくします。経費精算は全従業員がやらなければならず、必ず一定の頻度で発生する業務です。どこからDXに着手すればいいか分からないという経営者にとって、比較的リスクが少なく、短期間でデジタル技術を使いながらオペレーションや規定を変えられる挑戦しやすい領域と言えます。経費精算のDXでまず成功体験を得てもらえれば、社内で「自分たちでもできる」というマインドセットを醸成できるはずです。AIやビッグデータの利用という観点でも、経費精算からデータを生かしたビジネス変革を始め、そこで得た成功体験から本業にも活用を広げて競争力を高めてもらいたいです。これまでも独SAP(エスエーピー)グループの1社として、ERPとセットで導入を検討されることが多かったですが、まずは経費精算の部分で当社がトップバッターとなって、このシナリオを推進していきます。
金融・公共へのアプローチを強化
──今後の成長戦略を教えてください。
まずは既存顧客との関係強化です。当社のビジネスは非常に好調で、国内で1755社以上の顧客を抱えています。これまでは新規顧客の獲得がメインでしたが、ここからは既存顧客にわれわれの製品をより幅広く、根幹の部分で使ってもらい、満足度を高めてもらうことが重要なフェーズになるでしょう。
併せて、公共や金融といった新しいマーケットの開拓も力を入れます。先述したDCの設置によって、国内にデータを置けなければサービスを採用できないという要望に応えることが可能になります。これらの業界への展開を加速するには、パートナーとの協業が重要になると考えており、当社のサービスをOEMのようなかたちで提供し、パートナーが持つ独自のサービスや商材と組み合わせて提案してもらうビジネスモデルを、年内に構築できるよう準備しています。公共系に関しては、米国ですでに連邦政府の大部分に利用されるなどの実績があるので、グローバルで得た知見も生かしながら顧客を支援します。新たな市場の開拓を進めつつ、先端テクノロジーも活用して「コンカーの第2章」を進めます。
──中小企業や地方への拡販にはどう取り組みますか。
パートナーとの協業が重要なマーケットだと捉えています。すでに多数のSIer、コンサルティングファームと協業しており、今後は拡大するというよりも、既存パートナーとの関係をより深めたいと考えています。導入範囲を広げるのに加え、新しく発表するサービスの活用の支援も一緒に進めていきます。
地方については、営業拠点を置いている主要都市以外の地域で、顧客との接点づくりに力を入れる必要があるでしょう。そのためには、地域の企業とのつながりが強い地場の金融機関との連携を核にして、SIerなどとも連携したいと考えています。各種カード会社との協力も重要です。すでに福岡では地元で交通系ICカードを発行する企業と手を組み、交通機関の利用履歴と当社のサービスを自動連携させることが可能になっています。同様の取り組みを岡山でも進めており、今後もキャッシュレス化の促進を目指します。
国内市場の声をグローバルに届ける
──今後は国内市場でどのような役割を担っていきますか。
必要と考える規制緩和を、行政に対して積極的に働きかけます。外資系企業だからこそしがらみなくできることもあり、顧客からの期待も高いため継続して推進します。インボイス制度の開始に伴い、キャッシュレス決済時であっても登録番号などが明記された領収書を紙で受け取る必要が生まれ、デジタル化の取り組みが後退することとなりました。こうした状況に対して、要件緩和を訴える提言を発表しています。関係省庁・団体との協議を進めて提言の実現を目指します。
エコシステムという観点では、当社が率先して法人カードやタクシーアプリといった外部データとの連携を図り、経費精算のデジタル化や自動化を推進するネットワークを構築します。パートナー同士を引き合わせるような取り組みを23年は10回ほど実施しましたので、今年もここに力を入れてパートナー間でも相乗効果が出るようにします。
──今後の抱負をお願いします。
外資系のIT企業として、本社が出したサービスをただ売るだけではなく、顧客の成功体験を日本から発信して世界に広げていきたいです。日本法人は23年の新規契約高がグローバルで第2位であり、国内市場の声を本社の開発に届けやすい環境にあるので、顧客のDXを進めるために必要なテクノロジーの実装を積極的に進め、課題解決の先陣を切る存在になります。
眼光紙背 ~取材を終えて~
社長に就任してから経費精算で差し戻されることがあったという。「担当者が申し訳なさそうにしているのを見て、かわいそうなことをしたと感じた」と話す。申請者も管理者も経費精算には多大な時間を取られると同時に、正確を期して煩雑なプロセスを進める必要があり、心理的な負担も大きい。この領域をテクノロジーで効率化できれば、顧客の生産性の向上に大きく寄与できるだろう。
橋本社長が掲げる「コンカーの第2章」は、単に業務効率化だけではなく、先端テクノロジーを積極的に活用することで、業務プロセスの変革や最適化を促すことも射程に入れる。「DXの成果が出やすい経費精算の領域でAIやビッグデータの価値を実感してもらい、ほかの領域でもDXに取り組む自信をつけていただきたい」。経費精算の領域から国内企業の変革を後押しする。
プロフィール
橋本祥生
(はしもと さちお)
1998年に早稲田大学理工学部卒業後、NECに入社し、流通サービス業、製造業のソリューション企画を担当。その後、ガートナー・ジャパンを経て、2013年にコンカーに入社。営業本部長やパートナーアライアンスの責任者などの要職を歴任し、24年1月1日付で現職。
会社紹介
【コンカー】米Concur Technologies(コンカーテクノロジーズ)は1993年に設立。2014年に独SAP(エスエーピー)に買収され、SAPグループの一員になる。日本法人は10年に設立。従業員数は351人(24年3月時点)。