米F5(エフファイブ)は近年、買収などにより製品ポートフォリオの拡充を進め、顧客のアプリケーションデリバリーやセキュリティーの強化を支援している。7月に日本法人のカントリーマネージャーに就任した木村正範氏は「アプリケーションポートフォリオが企業ごとに複雑化している。その課題を当社が全て解決していく」と力を込める。
(取材・文/岩田晃久 写真/大星直輝)
成長を後押しする文化
――7月にカントリーマネージャーに就任されました。心境はいかがですか。
私のキャリアの半分以上が当社での仕事で、長く働いている好きな会社のカントリーマネージャーになったのは素直にうれしかったです。同時に、F5は国内で長くビジネスをしていますし、製品はミッションクリティカルなアプリケーションを支えているので、こうした会社の成長を任せられたことに責任を感じています。私は、ハイタッチとチャネルの両方の営業を経験しています。ハイタッチだけではビジネスは成り立ちませんし、パートナーには対等に話していかなければなりません。両方を経験できたことは大きな財産になっています。
――長く在籍する中で、自社の強みはどういった部分だとお考えですか。
成長に対して貪欲な会社で、成長するために社員が積極的にアイデアを出し、意見交換を行います。成長を目指す社員に対してのサポートもしっかりしている。このような企業文化が根付いているのが強みです。私は17年働いていますが、定期的なトレーニングやマネジメントに必要な能力開発など、多くの成長機会を得ることができました。
F5はハードウェアからスタートしたベンダーですが、多くの投資を行いソフトウェアにシフトしてきました。現在は、オンプレミスとマルチクラウドの双方で包括的なアプリケーションデリバリーとセキュリティーを提供できる体制を築いています。
――組織づくりではどういった部分を強化しますか。
これまでの企業文化を大切しながら、市場の変化に合わせてわれわれもどんどん変わっていく必要があると感じています。近年は買収により製品ポートフォリオの拡充を進めているため、複雑で新しいソリューションを同時に販売していくことになります。新しい複数のソリューションの場合、販売に関する前例がないため、既存の方法にとらわれずに挑戦していける組織にしなければなりません。
当社の場合、オンプレミスの知識や経験が豊富な社員が多いですが、今後は継続的なトレーニングによりクラウドの経験値を上げていく必要があると考えています。組織形態は、営業を業種ごとに分けて迅速に対応できるようにしていますが、ここにクロスファンクション(部門横断的)の取り組みを掛け合わせることで、今までにない売り方や変化を生み出せるようにしていきます。
プラットフォーム化を推進
――複数の製品ブランドを展開していますが、販売戦略を教えてください。
注力しているのは製品単体ではなく、プラットフォームとして販売していくことです。現在、お客様のアプリケーションポートフォリオが複雑化しています。当社に任せていただければ、デリバリーからセキュリティーまでアプリケーションに関する複雑な課題を全て解決できる。その価値を訴求していくためには、プラットフォームとして提供するのが重要になります。特にエンタープライズのお客様には、プラットフォームの活用は大きなメリットになるため、しっかりと訴求していきたいですね。
製品ブランドは、SaaSベースでセキュリティー、ネットワーク、アプリケーション管理サービスの機能を提供する「F5 Distributed Cloud Services」、Webサーバー「F5 NGINX(エンジンエックス)」、ロードバランサーやセキュリティーアプライアンス製品を中心に構成する「F5 BIG-IP」の三つのブランドに分かれていますが、プラットフォーム化のため、コントロールプレーンも統合、今後はデータプレーンを統合するロードマップを考えております。
――アプリケーションセキュリティーに難しさを感じている企業が多いように見えます。
われわれはお客様に提案する際、アプリケーションがどこでどのようにつくられたのか、どういった環境で稼働しているのかをヒアリングし、WAF(Webアプリケーションファイアウォール)やAPIセキュリティー、認証・認可などお客様に必要となるアプリケーションセキュリティーを分かりやすい言葉で提案するようにしています。
――AIの普及は、ビジネスにどういった影響がありますか。
私はAI市場を大きく二つに分けて見ています。一つは、通信事業者などがAIをas a Serviceで顧客に利用してもらう領域。もう一つは、自社で大規模言語モデルを開発するといったインテグレーションの領域です。そして、それぞれの領域で当社が支援できる内容が違っています。as a ServiceでAIを提供する際、GPUクラスターをスケールするのが重要になるためロードバランサーを利用したり、GPUの効率を向上させるため、当社のプロキシー製品を活用したりして、GPUが演算のほかに処理しているセキュリティー機能などをオフロードするなどの事例が出てきています。
AIをインテグレーションする場合、クラウドを利用するケースとオンプレミスで行うケースがありますが、どちらも、データがどこにあるのかを把握する機能や、データをアプリケーション同士でつなぐためのマルチクラウドネットワーキングなどが必要になります。また、プロンプトインジェクション(不正な入力を行い、開発者が出力を禁止している情報を引き出す攻撃)といったAI特有のサイバー攻撃に対応しなければなりません。こうした部分で当社ソリューションへの需要が高まると考えています。また、AIを実装したアプリケーションの多くはコンテナベースになるため、APIの通信がこれまで以上に増加します。そうした中では、当社のAPI管理ソリューションの成長機会になるはずです。
顧客に価値を届ける
――重点的にアプローチしていく顧客層はありますか。
金融は、APIの活用が進んでいたり、量子暗号化の技術におけるセキュリティーリスクへの関心が高まっていたりするため、当社が解決できる領域が広いと思っています。また、先ほど述べましたが、通信事業者はAIの取り組みを強化しているので、その動向を注視しています。この二つの業種については、専門の営業部隊をつくって営業の強化を図っています。
――パートナー戦略はどのように考えていますか。
まず当社と一緒にプラットフォームの販売を推進するパートナーが必要です。プラットフォーム商材の場合、CIO(Chief Information Officer)をはじめとするCxO(Chief x Officer)の役職の方々に提案する必要があります。その際、商材を売り込むよりも、例えばアプリケーションセキュリティーの問題点などを理解してもらうことが大切になるため、パートナーと共同でワークショップを開催するなどの施策を実施していきます。
APIのセキュリティーを得意としているような新規のパートナーの開拓も進めていきます。加えて、当社のWAAP(Web Application and API Protection)を用いてマネージドサービスを提供しているMSSP(マネージドセキュリティーサービス事業者)と既存のパートナーをつないで、(既存のパートナーが)セキュリティー領域に進出できるような支援も行っていきます。ストレージベンダーなどテクノロジーパートナーとの協業にも注力しており、当社のセキュリティー機能をパートナーのサービスに組み込むといった取り組みもしています。
パートナーは、お客様のリプレースやマイグレーションのタイミングで、ハードウェアを別のハードウェアに変える提案をすることが多いですが、リプレースの機会を利用してビジネスを拡大していくのが大切です。当社は、ソフトウェアの包括契約ライセンスを用意しているので、それを活用することで、ハードウェアの販売だけではなく、アプリケーションセキュリティーなどを提案できるようになります。パートナーには、ビジネスをどのようなやり方で伸ばしていくのかなど、ゴールをしっかりと設定するのが重要だと伝えています。そうすることで、互いに成長できるはずです。
――今後の展望をお願いします。
われわれの前には大きな市場が広がっているので、それをどうチャンスに変えていくのかがポイントになります。当社が持っている価値は、市場で唯一だと自負しています。その価値をお客様にしっかりと届けてDXを支援していきたいですね。
眼光紙背 ~取材を終えて~
転職が多いIT業界の中で、一つの外資ベンダーに17年勤務しているのは珍しいのではないだろうか。長く勤められた理由を聞くと「会社が好きなことに加えて、成長できる環境が整っていた」と笑顔を見せる。
キャリアの中で、ハイタッチとチャネルの両方の営業を経験した。どちらが自身に向いていたかという質問には「それぞれで楽しさと難しさがあり、どちらとも言えないが、両方を経験してきたのは自分の強みになっている」と話す。
ロードバランサーを中心としたハードウェア製品を強みとしてきたF5だが、近年は、アプリケーションを起点にさまざまな製品を展開し、ハードウェアからソフトウェアへのビジネス変革を図り成長を遂げている。日本法人にも同様に高い成長が求められている中で、長年勤務したからこそ分かる知見やノウハウを生かし手腕を振るう。
プロフィール
木村正範
(きむら まさのり)
1978年生まれ。東京都出身。日立システムアンドサービス(現日立ソリューションズ)に入社後、ネットワークとセキュリティー事業のチャネルセールスに従事。2007年12月にF5ネットワークスに入社。さまざまなリーダー職を歴任。直近では、サービスプロバイダー、エンタープライズ・セールス事業を統括するシニアディレクターを務めた。24年7月から現職。
会社紹介
【F5ネットワークスジャパン】米F5(エフファイブ)の日本法人として2000年1月に設立。ロードバランサーやセキュリティー製品、アプリケーションデリバリー基盤の提供などを行う。東京都と大阪府にオフィスを設立している。従業員数は152人(2023年3月時点)。