AI開発のエクサウィザーズは、2025年3月期の連結売上高が100億円を突破する勢いで急成長している。営業利益は2億円を予想しており、黒字転換を見込む。AIを活用した個別SIで培ったノウハウを自社独自のプロダクトの開発に応用し、ヒット商材を生み出すことで好調な業績に結び付ける方針だ。プロダクトの横展開で得た新しい知見を個別SIに還元する価値循環モデルを定着させ、売り上げや利益を伸ばす原動力にしている。創業者の春田真社長に話を聞いた。
(取材・文/安藤章司 写真/馬場磨貴)
「ぐるぐるモデル」を確立
――業績好調の見通しですが、何が奏功したのでしょうか。
当社はユーザー企業が抱えるそれぞれの業務課題をAIで解決する個別SIの事業と、独自のAIプロダクト事業の二つが事業の柱で、前者が売り上げ全体をけん引して増益効果を生み出しつつ、後者の稼ぐ力も高まってきたことが本年度の黒字転換の見込みとなった主な要因です。
――御社のビジネスモデルはAIに特化したSIerのようなイメージでしょうか。
当社は広く社会全般の課題を解決することを志向しており、個別SIだけでは限界があると感じていました。このため16年の創業時から独自プロダクトを横展開していくことで、産業全般や社会全体の汎用的な課題を解決する手法を重視しています。
とはいえ、創業当時は生成AIもまだ一般化しておらず、その前段階の深層学習モデルが脚光を浴びていた時代です。いきなりプロダクトだけで勝負するにはハードルが高いため、まずは個別ユーザーの業務課題をAIでどのように解決するかという点からスタートし、そこから横展開できそうな部分を切り出してプロダクト創出につなげました。
顧客ごとの課題を解決するアプローチと、そこで蓄積したデータ活用の知見やAIアルゴリズムを応用することで汎用的な課題解決につなげ、それを個別SIに活用する価値循環を繰り返すビジネスモデルを確立。私はそれをAIの「ぐるぐるモデル」と呼んで定着させ、成長につなげてきました。
――ディー・エヌ・エーを辞めて起業した経緯を教えてください。
新卒で住友銀行(現三井住友銀行)に入行して、しばらくたった1995年に企画部門に異動し、新規事業の立ち上げを担当することになったのですが、それ以来、約30年にわたって新規事業の立ち上げに関わっています。当時、ベンチャー企業だったディー・エヌ・エーでも新しいビジネスに挑戦する仕事でしたが、その後、役職がついて現場から少し離れてしまったこともあり、AI領域で新しい事業を立ち上げようと起業する道を選びました。
起業した16年当時でも深層学習モデルを使ったビジネスは普通にありましたし、顧客の関心も高く、運よく人材や資金も調達でき、創業5年目にして東京証券取引所マザーズ市場(現東証グロース市場)に上場を果たしています。
生成AIユーザーは670社余りに
――独自のAIプロダクト事業の第1号は何でしたか。
人事異動のスムーズな配置を手助けする「HR君シリーズ」でした。社員が持っている技能や経歴、マインドなどをデータ化してAIに学ばせ、例えば「新規事業を立ち上げる適任者は誰か」と問うと、HR君が「○○さんです。理由はこうです」と回答してくれます。機械の人事担当者が1人増えて、適切なアドバイスや意見を言ってくれるというイメージです。
今はHR君シリーズが発展するかたちで「exaBase DXアセスメント&ラーニング」という経済産業省のデジタルスキル標準に準拠したDX人材を育成するプロダクトになっています。育成用の研修プログラムを用意するだけでなく、習熟度などをデータ化することでDX人材の適性判断や採用、人事異動に役立つサービスに仕立てています。おかげさまでexaBase DXアセスメント&ラーニングの納入社数は1900社余り、ユーザー数は約26万人のヒット商品になりました。
――ほかにどのようなプロダクトがありますか。
近年では生成AI関連の製品がよく売れています。米Microsoft(マイクロソフト)の「Azure OpenAI」などを活用しつつ、営業や人事、調達など企業活動で必要となる業務を生成AI技術で支援するもので、23年6月に本格的にサービスを始めてから、約1年余りで670社余りにご利用いただいています。
ユーザー企業がAIモデルやサービス、データを組み合わせて、独自のAIサービスを構築できる開発環境「exaBase Studio」も提供しています。
――生成AIの技術革新はすごいと思うのですが、業務での実用性を高めるには何か足りていない気がします。
国内で生成AIががぜん注目を集めたのは米OpenAI(オープンエーアイ)の「ChatGPT」だったと思います。あまりに自然に受け答えするものだから、あたかもこれが生成AIの「完成形」のように見られたことが一部で誤解を招く要因になったと個人的には感じています。ChatGPTのような生成AIを業務で使うには、必ずAIの学習先、参照先となるデータ基盤が必要になり、そのままでは実用性が高まりません。
ERPの導入を想像してみると分かりやすいのですが、ERP単体では機能せず、会計や販売、生産のデータをERPが活用できるよう整備する工程が欠かせません。生成AIも同様で営業なら営業、人事なら人事のデータをAIが参照できるよう整備が求められます。当社では年間300件ほどのAI導入プロジェクトを手掛けており、一部は専門的な業務ノウハウを持つビジネスパートナーと組んで業務に役立つ生成AIの実装を進めてきました。ユーザー企業からはこの実績をご評価いただいています。
人が伴走して説得力を高める
――あらかじめ用途を明確にした生成AIプロダクトも増えていますね。
本社部門や現場の営業担当、店舗の従業員といった職務や業種によって知りたい情報、AIに手伝ってもらいたい内容は全く異なります。当社では営業に特化した「exaBase 生成AI for セールス」や店舗を構える業界に特化した「exaBase 生成AI for 店舗」、自治体向け「exaBase 生成AI for 自治体」など業務や業態に最適化した生成AIプロダクトの品ぞろえを増やしています。
IRや採用業務に焦点を当てたAIアシスタントも製品化しており、投資家向け説明会や株主総会の想定問答、有価証券報告書などの作成をAIが手助けします。採用業務では、例えばある事情でAさんが転職することになったとします。今は人が介在しますので後任者を探し出すまで相当な日数がかかりますが、転職するAさんの職務や技能、キャリアのデータが十分にそろっていれば、将来的には人材会社のデータベースからAIがリアルタイムで後任者を探し出して引き継げるようになります。
――AIが業務の中に入り込んでいく将来はどんなものになるとお考えですか。
究極的には新しい技術の登場によって人がやっている仕事をもっと楽にできるようになればよいと思っています。AIが正しくデータを活用できるようになれば多くの場面において人の肌感覚で判断するより正しい答えを素早く出せるようになる。ただ、いきなり「機械の出した判断に従え」と言われても、たぶん気に食わない、ふに落ちないケースも出てくると思います。「あなたの仕事はこれです」「ここに異動してください」とAIに言われて、「はい分かりました」とはなりにくいですよね。
人事異動に関して言えば、現段階では信頼できる上司や、職務経験豊かな人事担当者がAIに伴走して説得力ある回答を導き出していかなければ、現実問題として人はなかなか納得してくれないと思います。
――AIの発達に人の感情が追いつかない状態がしばらく続くということですか。
AIの信頼性や正確性が一段と高まっていけば、いずれAIの判断を人が受け入れられるようになるのではないでしょうか。AIが従業員のように働くのであれば、今の人材投資と同等の金額を投資をしても十分に採算が合いますし、採用業務の自動化のように何人分もの働きをするのではあれば、人への投資よりAIに投資したほうが生産性が高まる場面も一部に出てくると考えています。当社はそうした需要をつかんでいくことで成長していきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
「人に向かうのではなく、コトに向かえ」とのディー・エヌ・エー創業者の南場智子氏の言葉を「今でもよく覚えている」と話す。「コト」とはなすべき事業を指しており、その目標に向かって適材適所で人を配置していく考え方。もっとかみ砕いて言えば、「権威ある○○さんがこう言ったから正しい」「○○さんとは気が合わないから別の人を……」と人を基準にするのではなく、事業の成功に優先順位を置いて、そのために必要な人をそろえることだという。
とはいえ、人は感情の生き物なので、馬が合うほうが何かとスムーズに進む側面があるのも事実。ただ、人に向かい過ぎると人間関係や対人コミュニケーションが目的化してしまい、肝心のコトがなおざりになりかねない。AIが人と同等かそれ以上の仕事をこなすようになる今の時代だからこそ、「人に向かうのではなく、コトに向かう重要性が増す」。人とAIの最適な組み合わせが事業を成功させることに通じる教えだと捉えている。
プロフィール
春田 真
(はるた まこと)
1969年、奈良県出身。92年、京都大学法学部卒業。同年、住友銀行入行。2000年、ディー・エヌ・エー入社。11年、横浜DeNAベイスターズのオーナー。16年、エクサインテリジェンス(現エクサウィザーズ)創業。代表取締役社長に就任。17年、デジタルセンセーションと合併後に代表取締役会長。23年、代表取締役社長。
会社紹介
【エクサウィザーズ】2025年3月期の連結売上高は前年度比20.0%増の100億円、営業利益は2億円(前年度は3億円の赤字)を見込む。グループ従業員数は約570人。「exaBase 生成AIシリーズ」や「exaBase DXアセスメント&ラーニング」を開発。