4月1日、大興電子通信はDAIKO XTECH(ダイコウクロステック)に社名変更した。その意図は「テクノロジーカンパニー」としての特色を強く打ち出すことにあるという。近年は独自ソリューションの新規開発を通じて収益力を高める取り組みを加速させており、SaaS型ERPやHRテック商材など、社内のアイデアに基づいた事業を推進。強みとする生産管理システムやWeb給与明細といった既存の主力商材のビジネスも順調に推移しており、営業利益率の押し上げに貢献している。社名変更で新たなスタートを切った同社の展望について、松山晃一郎社長に聞いた。
(取材・文/安藤章司 撮影/大星直輝)
直感的にIT企業と分かる社名
――新社名にはどのような思いが込められていますか。
旧社名である大興電子通信の「事業を大きく興す」は引き継ぎ、先進的なデジタル技術を象徴する「テック」と、変数を表す「クロス」を入れました。事業環境は常に変化していくため、その変化に適応するテクノロジーカンパニーであり続けるという思いを込めました。
社名変更は私の一存で決めたわけではありません。2030年に向けた長期の経営ビジョンをつくる過程で、事業部門の責任者が「会社をこう変えていきたい」と活発に議論し、その中で社名を変える案が出ました。23年に創業70周年を迎え、コーポレート・アイデンティティーの刷新と併せて新社名を考案し、25年4月1日付で改めました。
1953年の創業当時の社名は「大興通信工業」で、当時は富士通の電話交換機向けの機器製造を請け負っていたと聞いています。その後、64年に富士通と特約店契約を結び、通信分野へ本格的に進出した74年に「工業」を取って「電子」を追加し、「大興電子通信」となった経緯があります。個人的な経験では「電子通信」の文字が入っても、なお製造業だと勘違いされることがありましたが、DAIKO XTECHという名称は直感的にIT企業だと分かってもらえるのではないかと思っています。
「新しい価値創造」に注力
――最近の重点事業を教えてください。
25年3月期までの3カ年中期経営計画では、「新しい価値創造への挑戦」と題して当社独自の新しいビジネスを立ち上げることに力を入れてきました。35件ほどの素案をもとに事業化を推進しており、そのうちの一つにはSaaS型ERPがあります。韓国の永林院ソフトラボの日本法人であるEverジャパンからOEM提供を受け、24年4月から「D-Ever flex」の名称でサービスを始めています。
基幹業務ソフトをSaaSで利用したいというユーザー企業の需要に応える取り組みですが、長年にわたってカスタマイズ前提でERPを構築してきた当社にとっては新しい挑戦です。SaaSは原則としてカスタマイズできないため、担当営業やSEは「これはできる。これはできない」と切り分け、できない部分の業務については、ユーザーにやり方を変えてもらうよう働きかけるか、ほかのシステムと連携して乗り越えるかといった判断力が求められます。逆にカスタマイズを求められる場合は、従来通り、富士通の「GLOVIA」シリーズを薦めるなど、幅広い需要に応えていきます。
加えて、まだ発表していませんが、HRテック領域で組織力を高める新規性の高いソリューションを鋭意開発中です。社内での実践段階まで来ており、近く発表できると思います。
――生産管理システム「rBOM」など、すでに数多く存在する独自ソリューションの販売状況はいかがですか。
rBOMは統合部品表を中心に、販売管理や生産管理の機能を実装したソリューションで、累計納入社数は200社余りを誇っています。部門間のデータを連携させた「つながる工場」によって、生産リードタイムの短縮や利益率の向上に役立ててもらっています。
また、納入社数790社、ID数で82万件に達しているWeb給与明細の「i-Compass」は、基本的に全従業員のIDを管理できるので、このリストを元に、例えば弁当を発注するシステムとの連携や、災害時の安否確認のマスターデータとしての活用など、給与明細を起点としたソリューションの提案に力を入れています。Web給与明細を専門に手がけている競合ベンダーは数多くいますが、IDを起点にさまざまなシステムと連携できるSIerならではの強みを生かしています。
セキュリティーベンダーと協業して提供している「AppGuard」は、マルウェアに侵入されても発症させないようにするもので、マルウェア感染のプロセスそのものを無効化する独自性の高い手法で販売数を伸ばしています。
こうした収益力の高い重点ソリューションを伸ばすことで、中計で掲げた全社営業利益率5%の目標を達成できる見通しです。
――富士通のビジネスパートナーとしての歴史も長いですね。
富士通の特約店時代から数え、25年でパートナー歴61年になります。私自身は“富士通愛”がものすごく強く、富士通に育ててもらったと感謝していますし、デジタル技術を活用して社会課題に挑む富士通の事業モデル「Fujitsu Uvance」も、共に盛り上げていきたいと考えています。
過去には富士通製品のディーラーとしての役割を担っており、現在ほど独自ソリューションの開発は手がけていませんでした。ハードウェアがビジネスの中心ではなくなったことで、昔ながらのディーラービジネスは縮小していくことになりましたが、実を言うと、同業のディーラーより一足早く、2000年代に入った頃から業績の伸びが鈍り始めました。「これはおかしい」と異変を察知して、独自ソリューション開発に力を入れ、自主独立のマーケティングに乗り出したものの、14年くらいまでは厳しい業績が続きました。
ディーラービジネスの慣習で、富士通が「〇〇市場を攻める」と言えば、当社も歩調を合わせて同じ市場に営業をかけるスタイルであり、自社で市場を考えてマーケティングを実施するという発想に乏しかったのです。
そこで、まずはマーケティングや営業支援に役立つITツールを導入し、独自のマーケティングや営業を展開できるようにしました。今となっては当たり前のことですが、10年前はそうではなかったわけです。幸い当社には、中堅・中小企業を中心に2万社を超える顧客基盤があり、ソフト開発会社や電気通信設備の工事会社、仕入れ先といった2800社に上るビジネスパートナーとの関係もあったため、業績回復を果たすことができました。
「五方良し経営」を実践中
ただ、業績が厳しいとき、残念ながら従業員のリストラを行っています。私は経営幹部の一人としてとても悔しい思いがあり、15年にコーポレート本部長を拝命したタイミングで、同じ轍を踏まぬよう社内風土の改革に着手しました。とはいえ、どのように改革したら良いのか迷っていたところ、法政大学大学院教授だった坂本光司先生の著書『「日本でいちばん大切にしたい会社」がわかる100の指標』に巡り会い、法政大学まで坂本先生を訪ねて改革のご教示をいただく機会に恵まれました。
――どのような教えだったのでしょうか。
坂本先生らが発起人となって設立した「人を大切にする経営学会」では、▽過去5年にわたってリストラをしていない▽重大な労働災害が発生していない▽下請けなどに理不尽なコストダウンを強要していない─などの指標をもって「日本でいちばん大切にしたい会社」として表彰しており、この指標にそって受賞を目指すことにしました。実際は本に書いてある通りの100項目をクリアしなければならず、過去にリストラを行っていることもあり、念願の賞を手にできたのは足かけ7年たった22年でした。
坂本先生の教えの一つに「人を幸せにする経営」があります。従業員、ビジネスパートナー、顧客、地域社会、株主の五つのステークホルダーを大切にすれば業績もおのずと良くなるという考えです。当社はこれを近江商人の「三方良し」をもじって「五方良し経営」と名づけました。ビジネスに関わる人々の幸せを礎にして、事業の拡大に努めたいと考えています。
眼光紙背 ~取材を終えて~
松山社長がコーポレート本部長時代から10年にわたって重視してきた「五方良し経営」に順番をつけるとしたら「従業員とビジネスパートナーの満足度が先」と話す。従業員とパートナーが良い仕事ができる環境があってこそ、顧客に良いサービスを届けられ、そこで得られた利益を地域社会や株主に還元できるからだという。
生成AIの長足の進歩を見ると、プログラムの自動生成やシステム運用の自動化など、SIerのビジネスモデルを大きく変える可能性が高い。激流の事業環境の中でも、従業員やパートナーが腰を据えて変化適応に臨めば、成長につなげられると考える。
26年3月期から始まった新中計においても、教育投資や人材育成、パートナー支援、女性活躍、男性育休などに力を入れ、五方良し経営を一段と発展させていく。
プロフィール
松山晃一郎
(まつやま こういちろう)
1965年、大阪府生まれ。88年、近畿大学商経学部経営学科卒業後、大興電子通信(現DAIKO XTECH)入社。2013年、執行役員公共ビジネス統括本部長。15年、上席執行役員COOコーポレート本部長。16年、代表取締役社長COO経営革新本部長。18年、代表取締役社長CEO兼COO。24年、代表取締役社長CEOに就任。
会社紹介
【DAIKO XTECH】1953年に大興通信工業として設立。その後、74年に大興電子通信となり、2025年4月から現社名。3カ年の中期経営計画の最終年度となる25年3月期の業績予想は、連結売上高が前期比5.5%減の410億円、営業利益が24.1%減の22億円を見込む。大型案件の反動減で期初に想定した通りの減収減益だが、中計で目標に定めた営業利益率5%は達成の見通し。連結従業員数は約1300人。