弥生は2023年からクラウドサービスの新ブランド「弥生Next」を掲げ、25年には主力の会計でも新サービスの「弥生会計Next」を正式リリースした。会計ソフトの老舗として知られる弥生はこれまでもクラウド製品を展開してきたが、クラウドサービスの一新で、会計のみならず中小企業の経営支援も事業領域とする姿勢をさらに明確化した。24年10月に新社長に就任した武藤健一郎氏は、「顧客の成長に合わせて、より幅広くプロダクトも提供していきたい」と語る。
(取材/大向琴音、日高 彰 写真/大星直輝)
中小企業にAIで貢献する
――前職は米Google(グーグル)日本法人でしたが、次のキャリアとして弥生を選ばれた理由を教えてください。
前職の時代から、中小企業にAIで貢献したいと考えていました。弥生がターゲットとしている中小企業は人手が少なく、会社のミッションに集中し、バックオフィスなど本業以外の仕事はなるべく減らしたいという基本的な課題があります。バックオフィス業務はある程度定型化されており、ルーティーン作業はAIが強い分野ですので、AIを導入する目的が明確であり、適しています。
また、中小企業は結果が分かりやすいです。例えば、大企業でバックオフィスの人員が何千人といたとして、そのうち「従業員2人分の生産性が向上しました」となっても、(会社全体としては)効果が分かりにくいですよね。一方で、中小企業ではバックオフィス業務を1人の担当者が全て担っているということがありますから、生産性を改善することで2人目、3人目の社員を雇わずともよくなるなど、分かりやすい結果が出ます。日本の99%以上の企業が中小企業であり、労働人口の7割が中小企業で働いているという現状がありますから、貢献できる規模も大きいと考えています。
データも弥生の強みです。AIの世界では基本的にどれほどいいデータを持っているかが重要です。また、データの数だけではなく多様性が大切ですが、弥生は多くの中小企業を顧客に持っており、数も多様性もありますから、活用することで面白いことができるのではないかと考えました。
――弥生は1月に新たなミッション、ビジョン、バリューを発表しました。新社長としてどのようなことに取り組みますか。
ちょうど入社したころに、会社の新しいミッションである「中小企業を元気にすることで、日本の好循環をつくる。」が決まりました。ミッション構築のプロセスに私自身は入っていなかったのですが、24年に実施した全社員とのミーティングの際に、新たなミッションについて「結構大変なミッションとなるが、本当にやりますか」と問いかけました。社員からは「やりたいです」との声があり、ミッションの実現が期待されていることを実感しました。
思いだけでは会社は動きませんから、このミッションを実現するための会社をつくるに当たり、具体的に何をするかについて議論を進めてきました。今のやり方だけでは足りないので、既存の弥生ユーザーだけでなく、今まさに新設される法人も含めた、これまでとは違う層の顧客も獲得していかなければなりません。
しかも、競合相手が結構強く(業務ソフトの市場に)入ってきています。他社ではなくわれわれ自身が日本に好循環をつくりたいとなると、競合他社をきちんと意識して動かなければいけませんし、AIやクラウドをきちんと活用することが必要です。AIについては、製品に組み込むだけではなく、われわれ自身もAIを活用します。現在は、開発やコールセンターでの対応にAIを使っていますが、今後は全てのプロダクトや部署でAIを活用していきます。
組織の変更も行います。組織構造を事業部制に変え、クラウド製品群の事業部と、デスクトップ製品とクラウドのハイブリッドモデルを展開する事業部、FinTech(フィンテック)などの新しい価値を提供する事業部をつくります。
ゼロベースでつくった新たなクラウド製品
――ミッションを実現する上では、新たに打ち出した「弥生Next」が軸になるかと思います。クラウド製品としてはこれまでも「弥生会計オンライン」などがありましたが、新たに弥生Nextとして展開するのにはどのような意図があるのですか。
申告ソフトとして「やよいの白色申告オンライン」「やよいの青色申告オンライン」、会計ソフトとして「弥生会計オンライン」を、10年代半ばにはすでに提供していたのですが、その時のクラウドの考え方は、“業務プロセスをなるべく自動化しましょう”ということでした。しかし、時代の変化に伴い、データを活用して経営支援まで行う必要が出てきました。元々のクラウド製品も結構売れていましたが、既存システムの上に構築していくのではなく、新たな製品としてつくり直しました。柔軟なシステムで経営全体を支援していくコンセプトで、構造的にも、さまざまなシステムとつなげることができるようになっています。
――従来のクラウド製品は、どちらかというと長年培ってきたデスクトップ版をクラウドサービスとして提供するということでしたが、弥生Nextは別の発想から生まれた製品ということなのですね。
そうですね。本当にゼロベースでつくりました。ただし、従来の(デスクトップ版の)顧客も多くいます。デスクトップ版のユーザーには、今のところはそのまま使っていただきながら、少しずつクラウド系の機能をデスクトップ製品の上に載せるかたちで提供していきます。
――“デスクトップ版のユーザーもクラウドに移行してください”ということではないのですね。
はい。やはり、デスクトップのいいところとクラウドのいいところを混ぜられるという意味で、ハイブリッドには魅力があると思います。クラウドにデータをバックアップしたり、AIなどの分析ツールをつなげたりできますので、デスクトップで慣れているというのであれば、帳簿の管理など基本部分はデスクトップで、追加機能についてはクラウドで、ということも可能です。最終的には顧客への価値が重要なので、顧客が一番使いやすいやり方にしたいですね。
(製品の)ラインを二つ持つとなるとやはりコストはかかりますが、テクノロジーにそんなに明るくない従来の顧客に対してもしっかりと提供するというのがわれわれの強みですから、そこは続けていきます。
――弥生Nextにおいては、AIが一つのキーワードのように感じます。製品のどのような部分からAIを入れていきますか。
一つは、仕訳やエラーチェックなど、業務の部分に入れていきます。また、さまざまなAIエージェントやシステムとつながるよう、弥生の製品はなるべくオープンにします。このとき重要になるのがUI(ユーザーインターフェース)です。特にわれわれの製品はプロの会計士などではない現場の経理担当者に使っていただくので、そのような人たちが(AIを)使えるUIにしていきたいと考えています。
IT系のビジネスパートナーも広げる
――パートナービジネスについても聞かせてください。弥生Nextを展開するにあたっての新たなパートナー施策はありますか。
既存のパートナーもクラウドは気になっています。既に弥生Nextを推進しているパートナーもいらっしゃいますので、パートナーの顧問先がどうしたいかによって、デスクトップ版もクラウドも両方提供します。
新規のパートナーももちろん拡大していきます。ここではさまざまな種類のパートナーを想定しており、会計事務所のほかビジネスパートナーも拡張します。会計だけでなく、顧客のDXを推進する一環で当社の製品を売ることも増えてきています。
――今まで弥生会計を提案している方というと、会計士や税理士というイメージが強かったですが、IT系の人たちとの関係性も増えてきているのですね。
はい。DXを支援しているコンサル系や、リスキリングのためのトレーニングなどを展開している教育系のビジネスパートナーもいます。弥生Nextを打ち出してクラウドの事業を再び大きくしていく中で、お付き合いするパートナーの幅を広げていきます。会計だけでなく経営支援までできるとなると、パートナーも売りやすくなると思います。
――今後の展望をお聞かせください。
われわれも顧客の成長に合わせて、より幅広くプロダクトを提供していきたいとの思いがあります。今までは従業員数100人以下の企業がターゲットでしたが、ユーザー企業が大きくなっていくにつれて新たな部門ができたり、難しい取引が出てきたりしますので、それに対応する製品を提供していきます。スケーラビリティーをより確保したいというのも弥生Nextを立ち上げた狙いの一つなので、引き続きそこに向かって(製品を)つくっていきます。
眼光紙背 ~取材を終えて~
従業員に対する行動への期待を、三つの英語で表している。「Be Open」「Be Challenging」「Be Professional」だ。Be Openは、常にオープンマインドで新たなことを学んでほしいとの意味が込められており、Be Professionalは、結果で評価するということを表している。
三つのうち、特に大切にしている考え方が「Be Challenging」で、従業員に対してだけでなく、自分自身も毎日少しずつ良くなっていくことを意識している。ただし、あまりにも難しすぎると人はついていけない。いつもの頑張りを100とした時、「120、130くらいを目指して取り組む。そうすると、きついがその分成長できる」と武藤社長は語る。
現在、個人だけでなく、会社としてもチャレンジしなければならないフェーズにある。会社がチャレンジするためには、当然まず人がチャレンジしなければならない。弥生の新たな姿を見据えながら、情熱を持って毎日1歩ずつ歩んでいく。
プロフィール
武藤健一郎
(むとう けんいちろう)
1972年ブラジル生まれ。94年、アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に入社。2001年にマッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、日米アジアのさまざまなテック企業の戦略策定と実行を支援。12年からは、業務系ソフトウェアのカスタマーサポートなどを請け負うサービスソース・インターナショナル・ジャパンで日本支社長を経験。14年に米Google(グーグル)日本法人に入社。広告事業責任者としてスモールビジネスから中堅および大手まで幅広い企業の成長・事業課題の解決を支援。24年10月に弥生に入社し現職。
会社紹介
【弥生】1978年創業。中小企業や個人事業主、起業家向けの業務ソフトウェア「弥生シリーズ」や、事業者の課題解決を支援する各種サービスを提供している。2024年9月期の通期売上高は287億8000万円で、同月現在の従業員数は937人。