●3社合同で企画室設置

 クアルコムからGPS機能について提案があったとき、「EZウェブ」などで提供する情報やサービスにどう取り込むかを検討する側は、こんな状況だった。

 クアルコムの技術を使ってcdmaOne規格の携帯電話事業を展開するDDI、日本高速通信(IDO)、さらに国際電話最大手のKDDを加えた3社は、2000年10月の合併を目指して準備に追われていた。

 一方、携帯電話に番組を供給する企業にはDDI、IDOから別々に担当者が来て、同じ話を聞かされ、同じ答えをしなければならなかった。双方にとって二度手間であり、他方NTTドコモの「iモード」が猛烈に加入者数を伸ばしている。

 ほどなくして、「IT業界は、(1年間が7年分に相当する)ドッグイヤーだって言うじゃないか。いままさにモバイルコンテンツのビジネスが盛り上がるというときに、バラバラにやっていていいのか」といった声が上がるようになり、合併に先行して3社合同で2000年4月、「モバイル・コンテンツ企画室」を設置した。

 立ち上がったばかりの市場に素早く対応するために、管理職を数多く配置するようなことなく、発足当初は平均年齢が30歳そこそこという若い組織だった。移動体部門が初めてのメンバーも多く、それぞれのもつ技術や知識の水準も千差万別だった。

●「新しい物をつくろう」

 メンバーの1人で、KDDの国内電話の販売促進企画担当から自ら希望して移ってきた楠直樹は、「自分が携帯電話を使ったらどんなことをするか、ユーザーの視線で企画を練っていった。KDD時代は物を扱っていなかったので、携帯電話では在庫というリスクがあるなど、新鮮な驚きがたくさんあった」と、当時を振り返る。

 楠はもともと、就職活動で移動体事業者をまわった経験がある。

 「移動体のビジネスこそ、通信業界に身を投じた理由にいちばん近い。合併によって、移動体の分野に移る道が開けた」

 ともかく、モバイル・コンテンツ企画室は走り出した。走りながら、次の一手を考えるような慌ただしさだった。

 なにしろ、技術の進化とユーザーの心のうつろいは早い。同時に、モバイルコンテンツは、広く「ビジネスモデル」と称される、事業拡大・収益確保の「定石」が定まっていない。

 他業種の合併組織のように、まず議論の進め方から議論する――などという余裕はなかった。

 「見通しが甘すぎる」

 「そんな堅いやり方では、いつまでたってもビジネスが立ち上がらない」

 定石がないことは、既成概念がないことでもある。企画室では、議論百出、活発に意見が交換された。

 メンバーは合併前の各社それぞれの社風や文化を引きずって衝突することは少なく、「いまから一緒に、新しいものをつくっていこう」と、同じ目的意識を共有していた。(文中敬称略)