電子自治体の構築には財政の裏付けだけでなく、IT化を推進するためのリーダーとスタッフの充実が必要だ。IT先進自治体の多くは、IT化の旗振り役となる首長がリーダーシップを発揮しており、それを強力にサポートするスタッフを揃える。人材確保のために民間企業から人材を登用するケースも多い。今年4月に三選を果たした岩手県の増田寛也知事もIT化を県の重点施策に掲げ、そのために今年度からスタッフ部門の強化を進めている。これまで長年にわたりアウトソーシングに頼ってきたため、県庁には電子化のノウハウが蓄積されていないことが理由だ。(川井直樹)

課長級「IT指導監」を民間から採用 県主導で地域IT化推進を図る

■第3セクターにシステム運営を委託

 岩手県庁をはじめ、岩手県内の自治体の多くが、盛岡市に本社を置く第3セクターのアイシーエスに基幹システムなど自治体システムの運営を委託している。

 県内のITベンダーによれば、アイシーエスのシェアは「80%以上」という。岩手県の行政情報ネットワークや行政オンラインシステムをはじめ、基幹システム、業務システムの運営を受託しているだけでなく、秋田県からも財務会計システムなど、青森県からは県営住宅管理システムなどを運営受託している。さらに、これら東北3県の市町村レベルの情報システムの運営を行うほか、一関事業所をベースに宮城県北部にもユーザーを広げている。

 自治体でのコンピュータ活用は、過去の委託計算の時代から自己導入が一般化。それがここにきて、自治体IT化のなかでアウトソーシングや共同運営といった外部運用への誘導が図られている。

 岩手県の場合、「昭和41年(1966年)に電算化した時から委託計算で始まり、結局そのまま外部に運営を委託してきた」(森達也・岩手県地域振興部IT推進室主任IT推進主査)と語り、「アウトソーシングが言われるようになって、再び委託という方法が見直されるようになってきた」と、ちょっと複雑な表情。それが特別なことではなく、第3セクターのアイシーエスへのアウトソーシングで、問題なくシステム利用してきただけ、と言いたそうな様子を見せる。

 しかし、他県の情報政策担当者やベンダーが指摘するのは、「ほかの県に比べて、県の組織の中に情報システムに関するノウハウの蓄積がないのではないか」という懸念。実際、そういう面も否定できない、とは岩手県の担当者の弁。結果的には、アイシーエスへのシステム運用を続けてきたことで、県庁のなかにスキルをもった人材が育たず、電子政府構築という大きな波に乗り切れていない。

 特に、県内の自治体をIT化ということでまとめるための機能は、指導であれ協力であれ、県庁が果たさなければならない。県内の市町村では青森県や秋田県のように市町村合併が活発ではなく、システム統合などの問題にはあまり直面しないものの、その分、市町村それぞれが情報化を独自に取り組まなければならない。

 だが、「市町村レベルでもアイシーエスへの依存度が大きく、スキルをもった人材が見当たらない」と、あるシステムインテグレータの自治体担当者が語るような現状では、県全体がまとまってネットワーク利用やIDC(インターネットデータセンター)を議論し、実現させていくことは不可能に近い。といって、システムのオペレーションを担当している企業が協力はできても、リーダーシップを発揮してITビジョンを説いていくことができるわけでもない。

■「IT推進室」設置し人材育成へ

 そうした状況を打開するため岩手県が決断したことは、「情報システム課」を「IT推進室」に組織変更し、職員を4人増やしたことと、自治体システムのノウハウをもった民間企業出身の人材を、課長級職に登用したこと。

 4月1日付で新設ポストの「IT指導監」に着任した佐藤義人氏は、仙台市に本社を置く日立東北ソフトウェア(4月1日付で日立東日本ソリューションズに社名変更)に勤務し、行政情報システムなど、自治体関連のシステム業務に関わってきた。岩手県がIT戦略を進めるためのキーパーソンとして、外部からの人材採用に応募し、10人の候補者のなかから選ばれた。

 IT指導監としての職務は、県のIT戦略の立案・評価や企画調整業務など。さすがに4月1日に就任したばかりとあって、自治体向けビジネスに関わってきた経験はあるものの、「役所内での仕事の進め方など、分からないことばかりで今は勉強中」と笑うが、市町村を含めて、県の重点政策であるIT化のキーパーソンとして期待される分、責任も重い。

 県のIT推進室が地域振興部にあることでわかるように、岩手県では市町村と連係して情報化計画の立案と推進を行っていく方針。今年度は県内市町村と協力して、岩手県電子自治体推進準備会を立ち上げ、5月末までに2回の会合を開いた。

 岩手県内には58市町村があるが、「情報システム担当者のスキルは、町村レベルでは低い。人材の問題は大きい」(古舘慶之・主任IT推進主査)ことから、市町村によって対応できるところと、そうでないところの格差は大きい。その意味でも、県として一気に情報化をリードするために、まず県の組織改革から始めたとも言える。

 「まだ市町村レベルでのIT化への意識が高いとは言えない。準備会のなかで状況の調査と検討を行い、県と市町村の協力で情報化を進めていく」(佐藤IT指導監)としており、総合行政ネットワーク(LGWAN)の本格稼動に向けた調整を手始めに、電子申請などフロントオフィス部分の共通化など、市町村との協力関係構築を行っていく方針だ。

 こうした岩手県の取り組み強化は、ベンダーにとってもビジネス拡大の期待が高まる。富士通の和田俊一・岩手支店長は、「シェアで見ればアイシーエスが圧倒的だが、県がIT化に積極的になってきたことでビジネスチャンスが広がる」と語る。しかし、「競合としてシェアを切り崩すだけでなく、協力する方法も探っていく」というのは、やはりアイシーエスという“巨人”の存在は大きいということだろうか。

 同社の顧客の中には日立グループだけでなく他ベンダーのユーザーもあり、「基本的にはマルチベンダーに対応できる独立系」(富永俊夫・アイシーエス公共システム事業本部長)という姿勢。ユーザーである自治体のニーズに応じて、各ベンダーとの協力関係を作ることも否定はしていない。


◆地場システム販社の自治体戦略

アイシーエス

■岩手県で圧倒的な実績

 アイシーエスの県内自治体シェアは80%以上。さらに県立病院の情報システムではシェア100%と、岩手県全体の情報システム構築・運用を担ってきた圧倒的な実績がある。しかも、青森県や秋田県、宮城県北部の自治体ビジネスも拡大している。

 大手ベンダーでも「岩手県は特殊」というほど、牙城を切り崩そうとしても果たせなかった経緯がある。

 富永俊夫・公共システム事業本部長は、「当社は、岩手県内の自治体の現状を把握している」と、県内自治体ビジネスの長い経験が、さらに事業基盤を強固にしていると語る。

 この実績が、「地域のIT化に対してノウハウを提供していくというのは、地域貢献の意味合いも出てくる」と、地元企業という立場を強調する。1966年に岩手電子計算センターとして設立されてから、「技術スタッフのスキル向上とともに、運用フォローを確実に行ってきた」ことで自治体からの信頼を高めてきた。

 しかし、公平性を高めるため、情報システムでも随意契約から入札やコンペ形式へと発注の形態が変わってきた。

 そのため電子自治体ビジネスの拡大は競争が激しくなることでもあり、シェアの確保は至上命題。つまり、県内の顧客を守るだけでは売上規模を大きく高めることにはならないだろう。

 「岩手県内のシェアを維持するとともに、青森、秋田、宮城北部の自治体ビジネス拡大にも力を入れる」と、東北北部地域全体を見据えた自治体戦略を固めている。