総IT化時代の夜明け SMBの現場を追って

<総IT化時代の夜明け SMBの現場を追って>7.熊澤歯科クリニック(中)

2004/12/13 16:18

週刊BCN 2004年12月13日vol.1068掲載

 歯科医院がIT化を進める背景には、医療経営の改革に向けた強い危機感がある。独立で経営している歯科医院は全国に約6万5000医院あり、歯科医師のなかでは、これから徐々に集約が進み将来的には半分以下に減るという観測も一部にはある。内科や外科などの医科に比べて、歯科の健康保険の適用範囲が狭いのに加え、保険制度の維持そのものに黄色信号が点っているのが歯科医院集約に拍車をかけていく、というのだ。

IT活用で患者満足度向上へ

 歯科医院の多くは、保険を適用して治療する「保険診療」と並行して、治療費を患者が全額負担する「自由診療」の比率を高めることで、経営の健全化や患者の治療に対する満足度を高める動きが活発化している。歯科医院の経営に詳しい神奈川県海老名市のベル歯科医院・鈴木彰院長は、「歯科治療そのものの技術力や、説明能力などの提案力に長けた歯科医に患者が集中する」と、歯科医院の格差が拡大すると分析する。

 歯科医院において経営を支える柱としてインプラント(人工歯根)や入れ歯、虫歯治療のための被せ物(クラウン)などの治療が挙げられるが、いずれも保険診療を適用できる範囲は限られている。治療結果に対する患者の満足度を高めるには、自由診療を歯科医が積極的に提案することが欠かせないと言われている。歯科医院の経営の側面から見ても、保険診療では利幅が限られており、「今後、歯科医が保険診療だけで経営を成り立たせていくのは不可能に近い」(歯科医療関係者)という危機感が高まっている。

 たとえば、インプラントは、虫歯や歯周病、怪我などで失った歯を、人工的な素材を使い、ほぼ元通りに復元する技術だが、自由診療でしか治療を受けられない。入れ歯においては、入れ歯の材料にレジン(樹脂)を使えば保険診療の対象となるものの、装着感が良くてアレルギーの少ないチタンなどの金属を使うケースでは自由診療となる。

 虫歯治療のために歯を削ったあとに被せるクラウンの素材では、銀色のメタルクラウンを使ったケースは保険診療が適用できるが、被せた箇所が目立たない乳白色のセラミッククラウンを使うケースでは自由診療となる。インプラント治療に詳しい北海道小樽市の上浦庸司・熊澤歯科クリニック副医院長は、「患者の満足度を第一に考えれば、自由診療を勧める」とし、患者の満足度を高めることが、結果的に歯科医院の経営の安定にも結びつくと考える。

 内科や外科などの分野では、保険診療の適用範囲が広く、保険診療をベースとした経営が成り立つと言われている。この点、歯科は保険診療の範囲が狭いうえ、「今後、保険診療の範囲が拡大する可能性は低い」(ベル歯科医院の鈴木院長)ことが予想されるため、活路の方向性は自由診療の拡大にあると考える。

 だが、自由診療は、治療への満足度を高められる可能性は大きいものの、患者の金銭的な負担は重い。インプラントの治療の範囲にもよるが、30万円ほどから、なかには100万円以上の治療費になることもあるという。高額になればなるほど、口で説明するだけでは患者に不信感が募り、自由診療にも前向きにならない。自由診療を促すためには歯科医院の側が写真や図解を事前に用意し、患者に分かりやすい説明や提案をする積極的な取り組みが求められる。

 熊澤歯科クリニックでは、過去の治療経緯などを患者の了承を得て写真に収め、2000年頃からデータベース化する作業を続けてきた。02年8月には地元のシステムインテグレータの小樽赤尾電化(赤尾正彦社長)に依頼し、院内LANを敷設。院内のパソコンから個々の患者に適した事例を呼び出せる仕組みをつくり、「写真を多用した、患者に分かりやすい説明」(上浦副医院長)を実現する環境整備に力を入れる。現在では、患者の歯に関する情報をデータベース化し、適切なタイミングでインプラントなどの治療提案ができるよう努めている。

 ベル歯科医院でも、患者の口の中を写した口腔内写真やレントゲン写真をデジタル化して保存し、LANで結んだ院内のパソコンから瞬時に呼び出せる仕組みを作った。また、患者データの蓄積にも力を入れており、ここ数年で収入に占める自由診療の比率を50%に高めることに成功した。「一般的な歯科医では、保険診療が9割を占めるといわれている。このなかで、自由診療の比率を高め、患者の満足度と経営の安定化を両立させた」(ベル歯科医院の鈴木院長)と自信を示す。

 いずれのケースでも、技術力、提案力を支える基盤の1つとしてIT化を進め、ITを活用した経営改革に結びつけている。

 熊澤歯科クリニックの院内LAN導入を手がけた北海道小樽市の小樽赤尾電化の赤尾社長は、「IT活用によるナレッジの共有を進め、顧客企業の業務改革に結びつける提案に力を入れている」と、顧客企業の業務に踏み込んだ提案がどこまでできるのかが、システムインテグレータの腕の見せどころだと話す。熊澤歯科クリニックにおいても、院内LAN導入をきっかけにナレッジ共有が急速に進み、業務改善に貢献した。(安藤章司)
  • 1