コンピュータ流通の光と影 PART IX

<コンピュータ流通の光と影 PART IX>拡がれ、日本のソフトウェアビジネス 第39回 愛知県(1)

2006/01/16 20:42

週刊BCN 2006年01月16日vol.1121掲載

 愛知県では、自動車産業の一大集積地としての強みを生かし、次世代の交通インフラ「高度道路交通システム(ITS)」の策定が進んでいる。ITSは2015年度までに累計約60兆円の市場を創出する巨大産業と期待される。この分野でリードすればその経済効果は膨大だ。同県は全国でもっとも交通事故の死者数が多い地区だけに、産官学一体となってITSの早期整備を進め、安心・安全な街づくりを求める声が大きい。(光と影PART IX・特別取材班)

次世代ITSの策定をめざし産官学一体で標準化に取り組む

■カーナビ共通仕様でアプリ開発を促進

 ITS時代に最適化した基本ソフト(OS)を開発する動きや、カーナビゲーションシステムの規格を標準化して、アプリケーションソフトの拡充を推進する取り組みが加速している。自治体においても、マイカーの利用抑制による交通事故件数の低減や、環境保護を目的とした公共交通機関の利用促進などの切り口から、産官学が連携して次世代ITSの構築を進めている。

 OSの開発では、増え続ける車載電子機器の効率化に重点を置いている。自動車はエンジン性能や安全性の向上、燃費低減などさまざまな目的の電子機器を装備している。

 これにカーナビなどフロントエンド系のシステムが加わると、電子機器の種類がさらに増えることが予想される。名古屋大学や民間企業が中心となって研究開発を進めている「自動車統合制御用組み込みOS」では、車載する電子機器を統合的にカバーできる仕様にすることで、効率的な電子制御の実現を目指す。

 経済産業省中部経済産業局では、自動車統合制御用組み込みOSに今年度(06年3月期)と来年度の2年間で約1億円の補助金を決定しており、研究開発をバックアップしていく方針だ。次世代の車載電子システムの統合制御OSの開発が進めば、新たな「標準規格」(竹村初美・経産省中部経済産業局地域経済部情報政策課長)に進展する可能性もあり、自動車産業の競争力向上に貢献するものと見られている。

 ITSを実現する上でのキーコンポーネントのひとつと言われているカーナビの標準化を進める動きもある。自動車メーカーや通信事業者、電機メーカー、大学など約110社・団体が参加するインターネットITS協議会(IIC)は、今年度末までをめどにカーナビの共通プラットフォーム「IICプラットフォーム仕様書」(仮称)をまとめる予定だ。従来のカーナビは機器単独で動作するスタンドアローン型が多かったが、最近では無線ネットワークを使って交通渋滞や天気、周辺の観光情報、駐車場の空き状況など最新の情報を取り込む機能が充実している。

 ところが、現在のカーナビの規格は、自動車メーカーや電機メーカーが独自に定めたものが多く、アプリケーションの互換性が低い。パソコンや携帯電話のように、アプリケーション層である程度の互換性が保たれれば、カーナビのアプリケーション開発に参入するソフト開発ベンダーの数も増えやすいとIICでは考える。参入企業数が増えて競争が促進されれば「よりよいアプリケーションの開発に弾みがつく」(松下貴俊・インターネットITS協議会名古屋事務所次長)。将来的にユーザーにとって利便性の高いITSの構築にも役立つと予測している。

 松下次長は、IICの働きかけに対して自動車メーカーや電機メーカーからは、「よい手応えが返ってきている」と、IICプラットフォームに準拠したカーナビの製品化に自信を示す。カーナビの開発では2-3年先まで見越した比較的長いスパンで基本仕様を決めるメーカーが多い。そのため、今年、共通仕様書を公表しても実際に準拠した製品が出てくるのは早くても08年以降になる見通しだ。

■公共交通機関の利用促進にもITSが活躍

 自治体においてもITSを活用した取り組みが行われている。名古屋市では公共交通機関の利用促進施策のひとつにITSを活用している。同市は地下鉄や市バスなど公共交通機関が整備されているものの、公共交通とマイカーの利用比率が約3対7とマイカーの方が高い。市ではITSを含むさまざまな交通政策を行い、公共交通の利便性を高めることで、2010年までに公共交通の利用比率を約4割に引き上げることを目標に掲げる。

 信号機などを制御して市街地と郊外の新興住宅地とを結ぶ市バスを優先的に走らせる「公共車両優先システム」を01年3月に一部エリアで導入したのに続き、市バスの運行情報をパソコンや携帯電話で参照できるサービス「バス運行総合情報」を04年10月に本格稼働させた。渋滞などでバスの運行に影響があるのかどうかを利用者がリアルタイムで把握できるようになり、バスの利便性が大幅に高まった。

 また、市営地下鉄などの公共交通を利用するとポイントが貯まる実証実験「エコポン」を05年8下旬-12月上旬まで実施し約1万人が参加した。今回のエコポン実証実験は04年に続いて2回目で、前回の参加者数約1000人に比べて規模は約10倍に拡大した。参加者はICカードを持ち、地下鉄の改札口などに設置されたICカードリーダーにカードをかざすとデータセンターに利用者の情報が送信される。公共交通を利用すればするほどポイントが貯まるため、公共交通の利用促進に結びつくという仕組みだ。マイカー利用が減れば交通事故の軽減にも役立つ可能性もある。

 公共交通の利用により削減できたと推測される二酸化炭素(CO2)量は、実証実験期間中で約372トンに達した。これはナゴヤドーム7個分余りに相当し、約37ヘクタールの森林が1年間に吸収するCO2の量に匹敵するという。名古屋市ではエコポンの実用化を検討しているが、ポイントを商品やサービスなどに交換する原資や運営母体などの課題もある。だが、環境問題を前面に押し出した日本国際博覧会(愛知万博)の開催を通じて「市民の環境意識は格段に向上している」(泉善弘・名古屋市総務局総合調整部交通政策室主査)ことから、地元企業もエコポン事業に前向きで、実用化の気運は高まりつつある。愛知万博では、公共車両優先システムやITSを活用した歩行者支援システムなど最新の実験も多数行っており、ここで蓄積してきた膨大なノウハウを次世代のITS開発に「つなげていく」(松岡秀弥・愛知県企画振興部情報企画課ITS推進グループ主査)ことが、愛知県におけるITSの発展に大きなプラス効果をもたらすと期待されている。
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