脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>連載第5回 民業を圧迫していいのか、という問題

2006/07/24 16:04

週刊BCN 2006年07月24日vol.1147掲載

レガシー=金食い虫の概念が定着

 電子自治体システムにおけるオープンソースソフトウェア(OSS)の利活用がITコストの削減につながるという短絡的な発想は、2003年に自由民主党が発表した「旧式システム改革指針」に裏づけられている。行政コストを下げるためなら民間を圧迫しても構わない──総務省ばかりでなく、IT産業の健全な発展を指導すべき経済産業省まで同じ考えだったことは意外に知られていない。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■無視された経産省の意向

 「中央官庁の職員である前に国家公務員として考えれば、行政コストを削減することは、行財政改革に沿っている。基本的に支持できるのではないか」

 「国家公務員である前に一人の国民として考えれば、電子自治体システムが無償化されれば税金の有効活用につながる。理由のない政策ではない」

 昨年秋、経済産業省商務情報政策局の幹部は気色ばんで反論した。IT業界関係者から詰め寄られた時のことだ。

 総務省の共同アウトソーシング・システム一覧表登録規約には「ソースコードが開示されており、他の地方公共団体が、無償で自由に取得、利用及び改変することができること」とある。市町村向けの業務アプリケーションをOSS化せよ、というのだ。明文化されていないが、ソフトウェア登録企業には、全国をくまなくサポートできる体制が求められる。ソフトを無償で提供し、無償でサポートしろ、地域が限定されるITサービス会社はシステムの設定やメンテナンスに専念しろ、と言っているように見える。

経産省の商務情報政策局といえば、IT化推進政策の総本山である。総務省の言いなりになればソフトの価値を自ら否定し、地域のIT産業はITゼネコンの下請けに追い込まれる。そう考えた業界関係者は、「国が民業を圧迫していいのか」「産業政策として是認するのか」と経産省に訴えたのだ。

 この連載の第3回で、経産省が総務省に注文をつけた、と書いた。だが総務省の最初の反応は業界に冷淡だった。それが変化したのは、活字メディアが動き始めたことを知ってから以降である。6月18日に登録規約が原案のまま発効したということは、経産省の意向は全く無視されたことになる。

■戦略強化チームの指針

 広域市町村圏の共同事務処理センターは、隣接する市町村が共同で出資して事業組合をつくり、その事業組合が電子計算機や運用要員を確保する。税金や保険料、給与計算など一時的に集中する大量のデータ処理を、出資した各市町村から事業組合が受託する。組合に参加する市町村は人口や世帯数に応じてデータ処理料金を組合に支払う。その場合、コンピュータを自己導入するケースもあれば、地域の計算センターに一部もしくは全体を再委託するケースもあった。

 センター施設やコンピュータの初期費用、情報処理にかかるシステム開発や運用要員などを複数の市町村が共用するので、トータルな情報処理コストを抑制することができる。しかも隣接する複数の県の広域市町村圏共同事務処理センターが同一メーカーのコンピュータを使っていれば、アプリケーションの転用が可能になり、制度改正などに伴う改造に迅速に対応できるというわけだ。

 現在の公開入札制度を是とする観点に立てば、特定メーカーとの随意契約による排他性を前提とする施策にみえる。しかし、当時の状況からすれば、やむを得ない方策であったといえなくもない。また市町村の電算化コストを低減することができたのも事実だった。現今の共同アウトソーシング事業構想は、この成功体験に裏打ちされているのである。

 ところが80年代の後半、市町村が個別に窓口業務システムを採用し始め、ホストコンピュータを独自に導入するようになった。当時、市町村がコンピュータ・システムの自己導入または単独委託に切り替える理由として、オンラインシステムの普及と情報処理機器の価格低下があった。だが、一方に広域共同事務センターの形骸化があったことは否めない。

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■随意契約が問題の本質だった

 92年4月20日に結ばれた日米コンピュータ合意に基づく「日本の公共部門のコンピュータ製品及びコンピュータ・サービスの調達に関する措置」では、「1回当りの調達金額が10万SDR(日本円換算で1600万円)以上の案件については、従来の随意契約を排除し、一般競争契約か指名競争契約にすること」と定められている。それが全く守られていない実情があぶり出されたわけだった。

チームを編成した議員たちは、自民党の中でこそ「ITに詳しい」とされるが、せいぜいパソコンを自在に使いこなし、インターネットの知識を多少持ち合わせる程度。しかも当選1回や2回では、法制度に言及することは荷が重かった。

 レポートをまとめるに当たって、彼らは連れ立って社会保険庁をヒアリングに訪れ、総務省や経産省、内閣府などの官僚に説明を求めたが、「官僚の話はカタカナばかりで理解しにくく、要領を得なかった」(衆院議員・平井卓也氏)のが実情だったようだ。結果として議員たちは、「脱レガシー」の本質を正しく認識できなかったのだ。

 レガシーシステムがITトータルコストの高止まりに結びついているのは、実は調達制度の問題に起因している。つまり無競争状態のシステム調達がレガシーシステムを存続させ、それがコストの硬直化につながっているのだが、システム調達のあり方という抜本的・構造的な問題が忘れ去られた。

さらに国や地方自治体の事務手続きや法制度が、IT化・電子化に対応できない旧態依然とした考え方でできていることに要因がある。国、県、市町村の3本立てで税の徴収が行われ、健康保険や厚生年金保険、雇用保険、労災保険、介護保険など縦割りの社会保険制度が、情報システムを複雑にし、構築費の重複と運用コストの硬直化を生み出している。本来であれば、戦略強化チームはそこに踏み込むべきだった。

結果としてレガシーシステム改革指針は、「新たな技術の採用によって、より費用対効果の高い情報システムを再構築することが可能」という結論に飛躍した。ここで技術論とコスト論を持ち出したことによって、問題の優先度がぼやけてしまったのだ。「脱レガシー」の本質的な課題が、調達方式(契約形態)から技術論、コスト論にすり替わってしまった。

 戦略強化チームが「脱レガシー」論を意図的に、調達方式からコスト抑制にリードしたとはいえない。だが、「レガシー=ITトータルコストの高止まり=否とすべきもの」「オープン化=ITトータルコストの削減=是とすべきもの」という単純な枠組みに立っていたことは容易に推測できる。
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