脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む

<脱レガシーの道標 IT新改革戦略を読む>【第2部】連載第9回 地域ネットワークの新展開

2006/11/06 16:04

週刊BCN 2006年11月06日vol.1161掲載

キーワードは「市民との協働」

ITは協働を実現するツール

 電子自治体システムの構築と軌を一にして、多くの自治体が「協働」という言葉を使い始めた。地域の自治という観点に立って行政と住民が協力し、少子高齢化時代に向けた地域行政のあり方を探ろうという動きだ。だが、そのためのネットワークを構築する予算が限られている。住民に経済的な負担をかけるわけにはいかない。システムは拡張性と柔軟性を備える必要があり、当初から脱レガシーでいかざるを得ない。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■まず生涯学習システム

 NHK大河ドラマ「功名が辻」の舞台となった静岡県掛川市は、それに合わせるように掛川城の天守閣を再建した。のちに土佐藩主となる山内一豊が、天下分け目の関ヶ原に際して、城の大門を開いて東軍を迎え、西軍が千代女に宛てた密書を開封しないまま徳川家康に差し出したのは慶長5年(1600年)夏のことだった。古文書にある地名は小笠郡懸川、ついでながら黒澤映画「影武者」の舞台でもある。

 現在の掛川市は人口11万5140人(06年7月現在)、05年4月1日に隣接する大東町と大須賀町と合併したものの、西の浜松市、東の静岡市の間にあって、ついつい埋没しかねない。そこで合併の協議を菊川、御前崎の隣接2市に拡大する「小笠郡全域合併」構想が練られている。

 そうしたなかで同市が力を入れて取り組んだのは、地域ネットワークを利用した協働だった。行政サービスのすべてを市に依存していては、高齢化による歳出増と少子化による歳入減に対応できない。このことに留意して情報化計画を立案したのは01年のこと。庁内LANと「職員1人に1台のパソコン」の整備が完了したことを受けて、地域住民向けの生涯学習システムに着手した。

 当時のことをIT政策課の堀川富佐次主査は、次のように語る。

 「計画は、市内の公共施設に高速インターネットを導入し、配置したパソコンを市民に開放するというものだった。市の図書館や文化施設の利用予約ばかりでなく、市民同士がメールをやり取りして情報を共有する。趣味のサークルとかボランティア活動に気軽に参加してもらって、それを行政がサポートする仕組みをつくるというわけでした」

 ところが、行政事務に直接のかかわりを持たないシステムであるため、予算が限られていた。Windowsベースのサーバーを使ったのでは予算を軽くオーバーしてしまう。地元の情報サービス会社に勤めている堀川主査の知り合いに相談すると、「オープンソース・ソフトウェア(OSS)でつくってはどうか」という提案があった。OSにLinuxを、データベースにはPostgresSQLを利用すれば、イニシアルコストが大幅に圧縮でき、運用コストも低減できる。

 最初に市内22の小・中学校、20の生涯学習センターと図書館が結ばれたのは、開発に着手した01年の秋だった。次いで段階的に用途別のサーバーを増設して、市の出張所、市立総合病院、幼稚園、保健センター、水道事業所、ゴミ焼却場、消防署などにネットワークを広げていった。これが市のネットワークの基盤となり、現在はLG-WANとも接続している。

 「OSSがどうだからではなく、限られた予算のなかでシステムをつくらなければならなかったからOSSを採用した」というのが実情だが、これがきっかけとなって同市の情報系サーバーはすべてLinux+PostgresSQLで運用されている。電子申請システムだ、ワンストップ・サービスだ、電子認証システムだと大上段に構えたわけではない。

 「いつの間にか、OSSベースの電子自治体システムになっていた」のが実際のところである。

■地元企業のシステムを採用

 掛川市より鮮明に「協働」を打ち出して地域ネットワークを構築したのは山梨県の都留市だ。河口湖に発した桂川(相模川の源流)と街道に沿って、町並みが南北約18kmにわたって細長く続く。同じ市内でも大月市寄りの住民と河口湖寄りの住民が疎遠になりがちだった。

 「児童をねらった犯罪があちこちで起こっている。高齢者や障害者への福祉介護、自然災害への備えもある。地域の安心・安全を確保するためには、市民の協力が欠かせない」

 こう説明するのは政策形成課の中村洋一政策担当主任。

 もう一つの狙いは、都留文科大学を中核とする産官学連携の地域活動を活性化することだった。3年前、市のホームページの一部を市民に開放することを考えたが、それだとワンウェイの情報伝達になってしまう。市民同士が自由に情報を交換することで新しいコミュニティをつくるには無理があった。

 都留市の場合、総務省がモデル指定する「e-まちづくりプロジェクト(地域情報化モデル事業)」の助成金を確保したが、市民が参加するための端末(パソコン)までは手が回らない。

 公開調達でシステム提案を求めたとき、甲府市に本社を置くジィンズという会社がOSS対応の地域コミュニティ・システム「Open City」をベースとする提案を持ってきた。

 Open Cityはジィンズが開発したパッケージだが、その大本は情報処理推進機構(IPA)の予算で作られたOSS型グループウェア・モジュールだ。電子メール、ワークフローなどの機能モジュール、Webコンポーネントで構成され、千葉県の浦安市が電子申請システムに採用している。利用するにはパソコンとブラウザがあればいい。

 これをもとに、地域のボランティア団体が参加する市民協働推進会や市民委員会が運営に参加する仕組みを整えた。地域の住民が積極的に協働事業に参加するには、「ボランティア=無償奉仕」という認識を変えていかなければならなかった。とはいえ、いきなり有償化ということでは住民の理解は得られない。

■市民がサービスを選択

 そこで中村主任が考えたのは、「サービスを住民が選択できるシステム」だった。コミュニティ・ネットワークで地域のニーズとシーズを結びつける「ビジネスマッチング機能」がこうして開発されていった。「ビジネス」という言葉を使ったのは、サービスの有償化による新しい産業づくりを意識したためである。

 「ハートフルネット都留」と名付けられたこのシステムには、市民活動グループの掲示板、参加者同士の電子メール、電子会議室のほか、イベント予定表、一斉同報などの機能が用意され、保育園運営者や小学校職員と保護者との連絡網としても使われている。

 同市市民におけるパソコンの普及率は、ほぼ半分。本格的な利用はこれからだが、スタート当初は30だった参加団体が現在は50を超え、そのなかからいくつかの非営利活動法人(NPO)が誕生している。

 掛川市も都留市も「電子自治体」を正面に掲げてはいない。庁内のシステムをつくることを目的とするのではなかったのだ。プロジェクトの推進者もITの専門家ではなかった。行政と市民が円滑に協働するにはどうすればいいかを考えたときITがあった、というだけなのだ。
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