システムの可視化が不可欠

内在するブラックボックス

 オープンソースソフトウェア(OSS)は電子自治体システムの〝切り札〟として注目されている。情報処理推進機構(IPA)や地方自治情報センター(LASDEC)などが普及策を推進しているものの、開発コミュニティの支持を得られないでいる。「コスト削減」ばかりが強調され、システムの可視化や信頼性への効果が軽視されているためだ。ところがここにきて、ようやく「ブラックボックスの解消」に目を向ける動きが出始めた。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

■崩れる“西高東低”

 1970年代から、市町村のコンピュータ利用は「西高東低」といわれてきた。IBMやUNIVACの大型コンピュータの利用に前向きだったのも、初めてコンピュータ・マッピング・システムを導入したのも、フォッサマグナ(糸魚川─静岡を結ぶ大地溝帯)を境とする西側の市町村、それに対して北関東や東北地方の市町村は地元の有力な計算センターに丸投げするケースが多かった。

 ところがここにきて、この“気圧配置”に変化が見えてきた。IPAのOSS実証モデルに山形県庁が名乗りをあげたばかりでなく、栃木県二宮町は全庁規模のOSS採用で先頭を走っている。喜多方市、長井市は情報システムの戦略的アウトソーシングに切り替え、埼玉県北本市や群馬県伊勢崎市はサーバー統合に踏み切った。フォッサマグナ以西の気圧水準に追いつき追い越す勢いだ。

 山形県庁のOSS採用を推進する佐藤敏彦氏(情報政策課課長補佐)は言う。

 「西高東低といわれ続け、東北地方の市町村はそれに反発して“日本で初めて”を求めた結果、無理な背伸びをしていた」

 青森市は背伸びし過ぎて、こけた事例といっていい。

 「代わりに、というのも変ですが、山形県がナンバーワンになります」──脱レガシーの道筋にめどをつけた自信の現れにほかならない。

 山形県庁では、OSSの標準的な基本セットLAMPをベースに、既存の情報資源をSOAで連携、OSSの統合文書管理システムを構築する中期計画が動き始めた。「向こう5年で脱レガシーを達成する」という。

 その道筋に立ってみた時、「われわれにOSSの採用を求める国のIT政策には、重大なブラックスボックスがあるように思う」と続ける。ブラックボックスというのは、国の機関が地方自治体に求める各種統計の回答フォーマットだ。

 Excelフォーマットが送りつけられ、その中に複雑なマクロが埋め込まれている。回答する自治体職員がデータを入力すれば、集計に必要な比率や係数が自動的に出る。「OSSを推奨しながら、現実にはExcelを標準で使用することを暗黙のうちに求めている。加えてマクロが正しいかどうか、誰も検証していない」。

 そこで山形県庁では、全庁職員に「マクロ禁止」の指示を出し、マクロを使う場合にはIT部門の検証を受けるようにした。「ブラックボックスをなくすのが、脱レガシーの最大のポイント」という。

■誤解の相乗方程式

 昨年秋。

 「情報システムの構築コストを削減すること。それが電子自治体でOSSを推奨する第一のねらい」──IPAオープンソースソフトウェアセンターの田代秀一センター長はこう言い切った。地方公共団体におけるOSS利用実証モデルの発表会でのことだ。

 OSSも選択肢のひとつという考え方ではないのか、という質問を、同氏は「われわれとは見解が異なる」と一刀両断に切り捨てた。近い将来に予想される歳入の減少、歳出の増加という矛盾を、ITで解消する。それが電子自治体であり、その構築コストを引き下げる唯一絶対の“切り札”というわけだ。

 ところが、OSS開発コミュニティはこの見解を支持していない。というより、ソッポを向いているようにみえる。あえて弁護すれば、田代氏は「長期的に見れば」と付け加えるのを忘れたのだと思う。「OSSは無償」ということが強調され、情報システムの信頼性や透明性の確保、説明義務への対応といったメリットが軽視されてしまう。

 さらにOSSと一対で使われる「オープン・スタンダード」という表現が、混乱を生んでいる。「デファクト・スタンダード(事実上の標準)」は市場で大きなシェアを持つ製品の仕様を指す。これに対して、仕様が公開されている規格を「スタンダード」と呼ぶ。それなら、「クローズド・スタンダードというものがあるのか」という疑問が、OSSをいっそう分かりにくくする。

 「インターフェース情報が公開されていれば、オープンシステム」という無定見な解釈も、OSSへの誤解を相乗的に拡大している。実際、「OSSの専門家」を自認する某シンクタンクの主任研究員が、市町村のIT関係者を前にした講演会で、「Windowsもオープンシステム」と公言するようなケースもあるのだから。

■問題は解決しない

 「OSS=無償」の方程式は、既存のシステムをOSSベースに移行するコストを誰が負担するのか、という問題を解くことができていない。また、既存システムが実現しているサービスの質を向上できるのか、という問題の解答を出すこともできない。

 NPOのオープンソースソフトウェア協会(OSSAJ)は、OSSの健全な発展と利用を目指して3年前に発足した。誤解が広がっていることを苦々しく思いがら、「OSSが“銀の弾丸”というのは大きな錯覚」と言い続けてきた。満月の夜に変身する、あの「狼男」を一撃で倒すことができたのが銀の弾丸だったことから、ITの世界ではしばしば「決定的、絶対的な解決策」の意味で使われる。

 「IPAは経済産業省の外郭団体という立場上、政府の公式見解から逸脱できない」と、OSSAJの事務局を担当する三田守久氏は一定の理解を示しつつ、「OSSで圧縮できるのは、イニシャル・コストでしかない」と指摘する。システム構築コスト全体から見ると、イニシャル・コストは1割にも当らない。

 「レガシーシステムであろうとOSSベースであろうと、情報システムの調達や構築のプロセスが変わらなければ、かえってコストが増加することもある」

 OSS技術者の教育、エンドユーザーの講習にかかる目に見えないコストも無視できない。

 「目先でコストを下げたいなら、デスクトップのアプリケーションをOSSに切り替えればいい」というのは、OSSAJの鈴木重徳氏(理事)だ。WindowsをLinuxに、MS-OfficeをOpen Office.orgに入れ替えるだけで、パソコン1台当りの運用費が半減する。

 そこでOSSAJは昨年12月、福岡市で開かれた北東アジアOSS推進フォーラムで、「ODF/OK」のシールを配布した。ODF(Open Document Format)を採用していることを示してもらうためだ。

 「でも、それは目先の小手先で、本質的な解決策ではない」

 情報システムに内在するブラックスボックス。これをどう解消するかが問われている。