情報サービス産業が抱える問題は、多重下請けに伴う業界秩序の崩壊とモラルの低下ばかりではない。売上高は伸びているにもかかわらず、ここ数年続いている営業利益率の低下に歯止めがかからないのだ。個々の企業を調べると、納期遅れやシステムトラブルによる特別損失が要因だが、業界全体が「利益なき繁忙」に陥っているとなると、受託開発型SIerの構造に問題があるといわざるを得ない。情報サービス産業協会(JISA)の棚橋康郎会長の「当業界は有史以来の追い風の中にある」という言葉が、妙に空々しく響く。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

拡散する同業者間取引

■通期見通しでは減収減益

 いわゆる大手SIerと呼ばれる情報サービス関連企業のうち、今年3月末に2006年度通期決算を迎えるのは328社(うち昨年9月末現在の株式公開企業237社を含む)。

 各社が公表した昨年4-9月中間期決算を集計すると、売上高が前年同期比1.4%増の4兆4218億8100万円、経常利益は15.0%増の3929億3500万円、純利益は1.8%増の2578億3500万円だった。経常利益率は8.9%、純利益率は5.8%だ。増収増益に加え、利益率が上昇に転じた。

 この数字を見ると、「景気回復による情報化投資の拡大によって、SI業界も上向き」と判断できそうだ。ところが通期業績予測をまとめてみると、全く逆の結果が出る。売上高は2.3%減の8兆6451億6600万円、経常利益は4.7%減の6283億3100万円、純利益は3.4%減の4044億1300万円。経常利益率は7.3%、純利益率は4.7%に低下する(いずれもIT記者会調べ)。

 中間期決算がよかった要因は、各社が一様に売り上げを前倒ししたこと、通期業績予測がマイナスとなった背景には下期業績を厳しく見通したことが考えられる。純利益率が3%台だった04年度と比べれば、なるほど「業績好転」には違いない。だが、「有史以来の追い風」とはほど遠いのが実感ではないか。

■多重派遣の根深い構造

 東京・虎ノ門に本社を置くあるソフト会社を取材した。2年前に設立されたばかりで、従業員は10人ほど。全員が“1人派遣”で客先に出向いている。このため、常駐するのは経営者のほか、営業マンと事務員が1人ずつ。こんな小さな会社にもかかわらず、仕事の引き合いがじゃんじゃん舞い込む。閑散としたオフィスに電話のベルが鳴り響いている。

 「引き合いはいくらでもある。人を集めることさえできれば、会社を一気に大きくできるんだが……」

 同社社長は大きな溜息をつく。長年のつき合いがある大手SIerが即戦力のプログラマを求めてきた。ところが、自社は手一杯。それで知り合いの同業者に「手空きの技術者がいたら紹介してほしい」と電話をかけまくった。だが、色よい返事はひとつもなかった。

photo 「人手不足の今は、売り手市場。少しでも単金がいい仕事を選ぶのは当然で、この条件ではどんなに仲間内でも人は集まらない」

 単金というのは単月の契約額、つまり人月単価のこと。発注元の大手SIerが示した条件は経験3年以上のプログラマで、契約方式は2次請けの派遣。ということは、発注元の大手SIerから、もうひとつ先の元請け企業に派遣されることを意味している。

 法律的に見ると、明らかに二重派遣になる。さらに原発注者に派遣されれば三重派遣、同業他社から出向で技術者を借りれば四重派遣になる。そのうえ、契約書では機密保持体制やシステムトラブルへの対応が求められる。

 原発注者であるユーザー企業と直接の請負契約を結べないのか、との問いに、「案件の発注元が派遣契約を求めている。ユーザー企業は新規の取引口座を開設してくれない。われわれにはどうすることもできない」という答えが返ってきた。

 発注元が希望する条件は「基準時間180時間、交通費、諸経費込みで月額50万円前後」だ。超過時間分の請求は不可、就業中の事故などについての保障はない。年間600万円では、給料を払うのが精一杯で、従業員に教育投資を行う余裕はない。同社長によると、「このような条件の案件は決して珍しくない」という。

 これが売上高に占める外注比率32%、同業者間取引き13%の実態だ。ソフト業の底辺では、このような“利益なき繁忙”の毎日が繰り返されている。従業員1人当たりの年間売上高が2500万円以上というのは、いったいどこの話なのか。

■自主独立の気概はどこに

 JISA会長の棚橋氏が「有史以来の追い風」と挨拶したのは、今年1月に開かれた同協会の賀詞交歓会の席上だった。例年になく混雑が緩和された会場を見下ろしながら、同氏は続けて、「当業界はユーザー企業の利益に貢献することを目標とし、品質の向上と魅力ある産業づくりに邁進していきたい」と述べた。

 これを聞いていた中堅独立系ソフト会社の経営者は首を傾げ、「風が吹けば桶屋が儲かる、ということか」とつぶやいた。本当に儲けることができるのは、独立系の受託ソフト会社ではなく、メーカー系、ユーザー系ではないか、と皮肉ったのだ。

 技術者の派遣についても、棚橋氏は05年6月、会長就任の会見で「当業界で法律に抵触する派遣は行われていない」と発言して、記者団の失笑を買った。業界を代表する団体のトップが、業界の実情を認識していないのでは、「魅力ある産業づくり」は掛け声倒れになってしまう。

 東京都労働局が情報サービス業における派遣就労の実態調査に乗り出したのは、その発言がきっかけになったわけではないだろう。だが、その調査を通じて、偽装請負とも受け取られかねない契約が、大手SIerと中小ソフト会社の間で結ばれていることが明るみに出た。契約書を取り交わしていない就労実態もあった。同業者間取引のすそ野は、とどまるところなく拡散している。

 84年6月にソフトウェア産業振興協会と日本情報センター協会が合併して発足したとき、JISAが掲げたのは「脱メーカー」「脱派遣」「自主独立」だった。それから23年が経ち、情報サービス産業の規模は想像以上に大きくなった。

 大手SIerは下請けソフト会社に派遣契約を要求し、発注単金を引き下げることで利益を得る。知識集約型産業を自称しながら多重派遣問題を放置し、価値創出の訴えもなく、実態としての「3K」呼ばわりに甘んじざるを得ない。自主独立の気概はどこに行ってしまったのだろう。