追跡システムは定着するか

安全・安心への関心は高いが

 石油ファンヒーター、ガス湯沸かし器と、住宅用設備機器が原因となった死亡事故が昨年から相次いで発覚した。そのたびにメーカーは、新聞やテレビで対象製品の回収を呼びかける広告を掲載するなどの対応に追われた。しかし、回収できた数はわずかだといわれる。昨年6月に住宅用火災警報器の設置を義務づける法律が施行された。人命を守るための火災警報器に不具合が生じたときに、設置場所を把握できるのか。財団法人ベターリビング(CBL、理事長・那珂正氏)が、火災警報器にICタグを貼り付けて管理するトレーサビリティ管理システムの運用を今年4月から開始した。(千葉利宏(ジャーナリスト)●取材/文)

 3年前の2004年6月、消防法の一部改正で住宅用火災警報器の設置が義務づけられたことをご存じだろうか。昨年6月からは、新築住宅で設置義務づけがスタート。全国で5000万戸といわれる既存住宅も、09年5月末までに設置を完了することが定められた。

■使用者を把握する手段

 背景には、少子高齢化が進むなかで、建物や設備機器が老朽化した住宅に住む高齢者世帯が増えている現状がある。電気・ガス・石油などの設備を耐用年数が過ぎてもそのまま使い続ければ、火災発生のリスクは高まる。近年、住宅火災での死亡者数が増加傾向にあり、うち65歳以上の高齢者が6割を占めている。

 人命を守るために設置が義務づけられる火災警報器も機械である以上、リコールの対象になる可能性はあるし、耐用年数が過ぎれば交換も必要になる。しかし、ガス湯沸かし器の事故でも明らかなように、使用者を全く把握できていないのが実情だ。

 「何か問題が生じた場合に、住宅の使用者に直接通知しなければ、効果が上がらない」

 CBLの住宅部品評価登録グループ長兼新事業企画推進部長の米澤昭氏は、住宅部品のトレーサビリティ管理システムを構築した狙いをそう語る。

 CBLは、製造物責任(PL)法が施行される以前から、品質、性能、アフターサービスに優れた住宅部品を認定して普及する「優良住宅部品(BL部品)認定制度」を運営してきた。この制度には、一定期間(部品によって2年から最長10年)の瑕疵・欠陥に関する無償修理を保証する「保証責任保険」と、設計・製造、据付工事に原因のある瑕疵・欠陥によって生じた事故の損害を賠償する「賠償責任保険」が付けられている。

 住宅部品のトレーサビリティ管理システムは、このBL部品の認定証紙に、東京大学の坂村健教授が推進する「Uコード」を記録したICタグを埋め込み、これをBL部品に貼付して管理する仕組みだ。住宅部品のメーカーは、CBLが発行するBL部品証紙を製品に貼付し、どの製品に証紙を貼付したかを「製品情報」としてCBLのデータベースに登録する。これによって住宅部品の個体管理が可能になる。

 次に、BL部品の据付工事を行う施工業者が、工事完了後に専用端末を使ってICタグのUコードを読み取り、設置場所などの「設置情報」を入力してCBLのデータベースに送信する。これらの情報は、住宅の所有者(管理者)を照会・検索できるようにすることで、住宅の維持・管理に役立ててもらうのと同時に、BL部品の保証期間が過ぎる前には、自動車ディーラーなどが車検切れ期間を事前通知するように、CBLから住宅の所有者に知らせて部品交換などを促すサービスも行っていく。

 「安心・安全のために、牛肉のトレーサビリティシステムが構築されたが、もし問題が発生して消費者に被害が発生した場合の対応が明確になっていない。住宅部品は、保証を含めた仕組みが構築されており、消費者にとってもメリットは大きいはず」と、米澤氏は胸を張る。

■価格や手間が普及のネックに

 ただ、これだけ大規模な仕組みを普及させるのは容易ではない。専用端末も現時点では、1台30万円と高額で、施工業者にとって負担は大きい。BL部品認定制度そのものも、これまでの累計認定件数が68品目、728件にとどまっており、消費者にもほとんど認知されていない状況にある。そこで住宅部品のなかでも、新たに法律で設置が義務づけられることになった火災警報器にターゲットを絞って普及を進めていくことにしたわけだ。

 しかし、火災警報器も法的に義務づけられたとはいえ、罰則規定がなく、新築住宅はともかく、既存住宅にどこまで普及するかは未知数な部分もある。「CBLが公的機関であっても、一般消費者が個人情報を預けることへの抵抗感も少なくない」(米澤氏)ことも懸念されている。

 まずは、社会的な観点からも早急に対処せざるを得ない独立行政法人の都市再生機構(UR)が保有・管理する賃貸住宅約70万戸から導入を進めていくことになり、4月からUR賃貸住宅での火災警報器設置とICタグによる情報登録作業がスタートした。URの賃貸住宅であれば、設置場所の情報も専用端末に事前登録しておくことができるので、現場でのデータ入力の負担も軽減できるというメリットもある。

 「普及のネックは、端末の価格が高いことと現場作業員のデータ入力の手間、そしてセキュリティ対策だと考えている」(米澤氏)

 確かにURのように大量発注が見込めれば、施工業者も専用端末を導入することも可能だが、個人住宅にどこまで普及するかが分からない段階では二の足を踏む業者が多いだろう。さらに作業員のデータ入力が増えれば増えるほど入力ミスのリスクも高まる。端末の紛失で個人情報が漏れる危険もある。

 住宅の安全・安心に対する意識は、05年11月に発覚した耐震強度偽装事件以降に高まったのは確かだろう。それを確保するための仕組みを社会に定着させるためにもITが解決しなければならない課題は少なくない。

ズームアップ
長寿住宅への政策転換
 

 日本の住宅政策はいま大きな転換期を迎えている。戦後の住宅不足から住宅の建設に重点をおいた「住宅建設計画法」が廃止され、06年に住宅の安定的な確保と質向上をめざす「住生活基本法」が施行された。今後は少子高齢化が進むなかで、既存の優良な住宅ストックの有効活用に重点を置いた政策を推進していく。
 一方、耐震強度偽装事件を受けて改正された建築基準法も6月20日施行される。これに合わせてマンションなど不動産販売業者が倒産して住宅の瑕疵を保証できない場合に対処するための住宅瑕疵担保責任法も新たに導入される。
 日本の木造住宅の平均寿命は約20年と欧米に比べて非常に短かったため、住宅部品の耐用年数が違っていても大きな問題にはならなかった。しかし、長期間にわたって住み続けていくならば、耐用年数が過ぎた部品を住宅所有者(管理者)が交換するなど、維持・管理に努めなければならない。長期間にわたって住宅を維持管理しながら、安全・安心をどう確保していくのか──。そのためにITがどこまで貢献できるのかが問われている。