IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱

<IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱>第20回 OSS有償化への挑戦

2007/08/27 16:04

週刊BCN 2007年08月27日vol.1200掲載

 X軸とY軸で4つの象限を区切る。マイナスのX軸とマイナスのY軸で囲まれた領域がオープンソースソフトウェア(OSS)とする。ソースコード非公開で有償の商用ソフトウェアは下図のCの領域、非公開で無償のDにはシェアウェアやフリーウェアが入る。ではBの領域、つまりソースコードは公開だが有償というソフトウェアは存在し得るのかどうか。それが可能であるとすれば、どのような仕組みを用意すればいいのだろうか。B領域の開拓に挑戦している企業が日本にもある。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

開発者に経済的な対価

OSS修正主義


 「フリーソフトウェア財団が提唱しているのは、ソフトウェア共産主義。それに比べると、私たちの提案は亜流であり、かつ修正主義ということになるんでしょう」

 こう言うのは千葉市に本社を置くケアブレインズの松下博宣社長。ブリヂストンに勤務後、経営コンサルタントとなり、10年前にケアブレインズを創業した。同社が提唱しているのは「コマーシャル・オープンソース」、つまりOSSでありながら有償で提供するという考え方だ。

 コマーシャル・オープンソースとは聞きなれない言葉だが、松下社長は次のように説明する。

 「ストールマンは、真に価値のあるソフトウェアは人類共通の知的財産としてソースコードを公開し、無償で提供すべきだという。彼自身は「OSS教」の教祖として、それで完結するかもしれない。だが、その考え方を貫くと矛盾に陥ってしまう」

 どういうことかというと、ストールマンの考え方でいくと、無償で提供されるのは、どうでもいいソフトウェアだけで、人類共通の知的財産となるようなソフトウェアは決して登場してこない。対価を得ることができなければ、世界中のエンジニアは自分が作ったソフトウェアを公開しようとはしないだろう、という。優れたソフトウェアの開発者には、それなりの対価を保証すべき、という主張だ。

 「OSSは無償、という考え方が間違っている。優れたソフトウェアのソースコードが公開されていることに価値がある。それなら、ソースコードを公開する対価を要求してもいい」

 OSSでありながら有償なのでなく、OSSだからこそ有償、というのだ。発想の転換といっていい。

インターネット型の開発手法


 OSSの要件としては、ソースコードの公開のほか、(1)再配布の自由(2)派生物への同一ライセンスの適用(3)適用領域の自由(4)技術的な中立性──などが知られる。だが、もう一つ、明文化されていない決定的な要件がある。それは「開発プロセスがインターネット・コミュニティ型であること」という点だ。

 古い話だが、1988年にパリで行われた国際標準化機構(ISO)のOSI(オープン・システム・インタチェンジ:異機種コンピュータ相互接続・運用性)国際会議。ここで米IBM社はメインフレームの通信プロトコル「ロジカルユニット(LU)6.2」の仕様を公開すると発表した。IBM社のネットワーク・アーキテクチャ「SNA(システムズ・ネットワーク・アーキテクチャ)」の根幹を成すプログラムだ。

 これによって、異機種コンピュータ間のデータ通信とプログラムの相互運用性が一挙に高まった。だがLU6.2は、最後までOSSに分類されなかった。なぜなら、LU6.2はIBM社という特定企業が開発したプロプラエタリ(独自)な技術だったからだ。

 インターネット・コミュニティ型とは、不特定多数のエンジニアが、ある時は開発者の立場で、ある時はユーザーの立場で参加し、自発的に改良を加え、その情報を共有する環境を意味している。そのなかで暗黙の了解が共通認識を形成していく。どこかの誰かが定めた標準(規約)でなく、コミュニティが形成する暗黙値が「オープン・アーキテクチャ」だ。

 インターネット・コミュニティがオープン・アーキテクチャを生み、それがソースコードの公開に直結する。商用プログラムのソースコードを公開して無償にしても、厳密な意味ではOSSではないことになる。国のOSS推進キャンペーンが盛り上がらないのは、まさにそれゆえと納得がいく。

有償化の仕組み


 ケアブレインズが扱っているコマーシャル・オープンソースは「SugarCRM」というパッケージだ。米シュガー・シーアールエム社が販売し、日本ではケアブレインズが総代理店契約を結んでいる。

 そもそもは経営コンサルタントだったジョン・ロバーツ(現シュガー社代表)が03年、個人的に開発したCRMソフトをインターネットに公開したのが発端だった。たちまち数百人のエンジニアがコミュニティを結成、機能の改善と強化に取り組んだ。翌年、その成果を経済的な価値に転換するために設立されたのがシュガー社だ。

 「開発は現在も、ソフトウェアエンジニアのコミュニティが担っている。そのなかから、これは商品になると判断したソフトウェアを有償化する。そこで得た経済価値をコミュニティに還元する」と松下社長は説明する。

 この開発コミュニティに参加するのは、世界50か国・地域のソフトウェアエンジニア4000人、ユーザー2万8000人。シュガー社は各国の代表者と協議した今後の機能強化指針を示し、それに基づいてエンジニアが開発する。いいプログラムには対価が支払われる。

 基本機能のパッケージは「SugarCRM Open Source Edition」の名でソースコードを公開し、無償で提供されている。中小規模のユーザー企業なら、OSS版でも十分な機能を持つ。より高度な機能を求めるユーザー企業には、テクニカルサポート付きの有償版が提供される。その場合でもソースコードの公開が原則だ。

 有償といっても、ASPバージョンが月額6500円、サブスクリプションライセンスが4万5000円。限りなく無償に近い。問題は、なぜそのような価格が設定できるのかということと、それでビジネスが成り立つかだ。

 「ソフトウェア・パッケージの価格のうち、開発コストは3割に満たない。7割は広告宣伝やセミナーなど、プロモーションの費用。インターネット開発コミュニティと連携することで、開発コストを低減し、ダウンロードで配布することでプロモーションコストをカットする」

 「SIerはカスタマイズやサポートで利益を得る。この価格なので、中堅規模以下の企業がどんどん導入している。当社は薄利多売で利益を確保できる」

 これをSugarCRMないしケアブレインズの特異な事例と考えるか、旧来の形に代わる新しいビジネスモデルと受け止めるか。OSSは料理のしがいがある材料だ。
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