ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映すNEWSを追う>「情報経済」に新しい視点を

2007/10/01 16:04

週刊BCN 2007年10月01日vol.1205掲載

リアルとバーチャルの間

“企業通貨”をどう捉えるか

 副題に「情報経済」と銘打った公の書籍は、『情報化白書2004』(日本情報処理開発協会)が最初ではなかったか。そこで取り上げられたのはIT投資額の推移や電子商取引の取扱高だった。だがそれらは、これまで何らかのかたちで存在した経済活動の代替もしくは変形に過ぎず、情報経済の捉え方として不十分といわざるを得ない。例えば、消費者を囲い込む手段として発行される企業通貨(ポイント)をどうみるのか。リアルとバーチャルの間を埋める分析と長期的考察が、「情報経済」論に欠かせない。(中尾英二(評論家)●取材/文)

 物を買ったりサービスを利用すると、代金に応じてポイントが付く。次の買い物やサービス利用時に代金からポイント分を差し引く。ポイントを使わず、貯めておくこともできる。家電量販店トップのヤマダ電機、神奈川・静岡地区に店舗を展開しているノジマなどでは、買い物をしなくても、店頭に設置された装置にカードを入れるだけでポイントが付く。

 そのヤマダ電機が今年5月15日に発表した2006年度連結決算では、〈負債の部〉に「ポイント引当金」として126億円が計上されている。売上高の0.8%だが、営業利益の22.0%、当期利益の29.0%に相当する。購買者に発行したポイントが必ず使われるとは限らないので、「バーチャルな負債」と言い換えていい。

 一方、ヤマダを追撃するビックカメラのポイント引当金は114億円でほぼ拮抗、70億円のエディオン、31億円のベスト電器、コジマを合わせるとヤマダを抜く。このほか未上場のヨドバシカメラ、さくらや、東京・秋葉原や名古屋・大須、大阪・日本橋の単独量販店などを加えると、家電業界の「ポイント引当金」総額は500億円を下らない。

■ざっくり2兆円の規模

 野村総合研究所(NRI)が昨年9月に発表した推計によると、05年度に発行されたポイントは約4520億円相当だったという。内訳はクレジット1458億円、携帯電話873億円、航空749億円、ガソリン476億円、家電量販店306億円、総合スーパー292億円、デパート274億円、コンビニエンスストア49億円、ドラッグストア39億円の順。

 このうちクレジットは業界全体、他の8業界はトップ2─10社の計41社のポイント引当金を合計した数字だ。株式を公開している全業種約4000社のうち、ポイント引当金を計上しているのは約140社なので、NRIの推定値には「少なくとも」という副詞がつく。

 実際、この9業種のほかにも郊外レストラン、レンタルビデオ、鉄道・バス、通信販売、高速道路のETC、旅館やホテル、地域の商店街なども利用者にポイントを発行している。さらに地域通貨がある。

 冒頭でみた通り、家電量販店業界の発行済みポイント総数は推定で500億円相当を超える。NRIの推定値の1・6倍というのが実態に近い。携帯電話系ではNTTドコモが485億円、ソフトバンクが436億円、KDDIが272億円で計1193億円。NRI推定値は05年度のものなので、1年間で1・36倍に跳ね上がった。番号ポータブル制が引き金になったのだろう。

 旅客航空会社のマイレージだけで4500億円超相当という推計もあって、総計はざっくり2兆円といったところではあるまいか。この金額は化粧品の市場規模とほぼ等しく、現在、世の中で動いている通貨の40分の1に匹敵する。

 ポイントが「通貨」かどうかには議論がある。通常は1ポイント=1円に換算されるが、交換レートや使用方法、有効期限などの裁量は発行した企業が持つ。利用できる範囲もきわめて限定的。投資や寄付もできないし、利子がつくわけではない。

 結果として、ポイントを使用しない人の分まで上乗せした店頭価格で購入することになるのだから、ポイント制は廃止すべきである、という意見がある。その視点からすると、ポイント引当金は営業利益に含まれるものであって、ポイント利用に伴う値引きは損金として差し引くべきではないか、という会計処理上の問題がみえてくる。

■国家のあり方にも波及

 紙幅の関係で詳しく論述できないが、EdyやSuicaがポイントを電子マネーに変換し、利用範囲を急速に広げたことで、限りなく「通貨」に近づいている。複雑に入り組んだポイント発行元との決済をどのように行うか、為替決済のような共通システムが必要になるかもしれない。またポイントの保有者は発行元に経済的な請求権を持つか、逆にいえばポイント発行元は保有者に対して債務を負うか、という問題が発生する。

 ニューサービスとして、ポイント・エクスチェンジやポイント・バンクが登場するのは、必然といっていい。なぜなら電子マネーを介してポイントをリアルマネーに変換できるからだ。そうなると、A店とB店のポイントに交換レートが付き、それをインターネットで売買するようなことが、日常的に行われる。気がついた時には、銀行法に制約を受けない新しい金融サービスが誕生しているかもしれない。

 ここで指摘したいのは、20世紀における通貨供給量のコントロール(マネーサプライ)は、国の中央銀行(日本銀行)が独占的に所管してきた、ということだ。だが、擬似通貨がリアルマネーに変換されたとき、日銀の通貨政策は根本から見直しを迫られる。現在はポイント発行総数は通貨流通総量の5%程度と予想されるが、個人や家庭の経済活動がさらに電子化されれば、極端にいうと、それに応じて日銀のウエートは低下していく。

■代替かアドオンか

 かつて人に代わって労役を果たしていた牛や馬の役割を、発動機と車輪が取って代わった。それは経済効果においては、機械が牛や馬を代替したに過ぎず、歴史的な変革は発動機と車輪が社会の基盤となったときに始まった。ITについても同じことがいえる。ITは「インフォメーション・テクノロジー」から「イノベーション・テクノロジー」に進化した。

 この時、IT投資額の推移やその経済効果を云々するのは、発動機と車輪を購入する金額と、牛や馬を飼養する経費を比較するのに等しい。電子商取引の取扱額をもって情報経済の指標とするのなら、それによって失われた対面販売の売上高や地域商店街の衰退を勘案しなければならない。インターネットを介した情報送受信量の増加は、適切な情報が的確に伝達されることを意味しない。

 ところが、ポイントというものは、これまでの通貨供給量を減少させることなく、あるいは既存の経済行為を衰退させることなく、逆に前向きの刺激作用を発揮する経済ファクターなのだ。リアルマネーを前提に組み立てられている法制度は、この新しい状況にどう対応するか、今後の経済政策や社会政策はIT環境の進展をどう見通すのか、それを考察するのが「情報経済」論の本質ではあるまいか。
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