IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱

<IT業界のグランドデザインを問う SIerの憂鬱>第32回 “同床異夢”の業界団体

2007/11/19 16:04

週刊BCN 2007年11月19日vol.1212掲載

 産業構造審議会の提言を将来のITサービス産業の「あるべき姿」と位置づけたとき、実態との乖離が際立ってくる。業界の上位が産構審のモデルを目指しても、システム構築・運用の一翼を担う中堅・中小のソフト会社、さらには業務に従事する技術者が変わらなければ意味をなさない。意識、モラル、技術、洞察力、ひいては人間力の底上げが欠かせない。ところがソフト業界には、茫漠とした“下請け平原”が広がっている。いっそのこと業界団体においても業態の整理が必要ではないか──そんな声も聞こえてくる。(佃均(ジャーナリスト)●取材/文)

茫漠と広がる「下請け平原」

契約と実態の不一致


 契約は受託(請け負い)だが、実態は派遣──。

 労働者派遣事業法が施行されたのは1986年。それから数年をおかず、ソフト業界でそのような話を耳にすることが多くなった。請け負いと派遣を区別する就業場所、勤怠管理、業務指示、雇用形態といった要件が、なし崩し的に崩壊していったためだ。

 契約の名称も多様化した。当初は原発注者(ユーザー企業)とITサービス会社が単純に「委託」と「受託」の関係だった。それが同業者間取引の多重化によって「請け負い」の先の取引に、「委託」「再委託」「業務委託」という言葉が使われるようになった。再委託、業務委託という契約のもとに、派遣の実態が覆い隠される現象が生じたのだ。

 さらには、業種指定の拡大など派遣法の規制緩和によって、ソフト会社がフリーのIT技術者を契約社員として使う形態が登場した。契約上は企業と個人事業者の関係だが、個人事業者にとっての労働者とは自分自身。実質は企業が技術者を雇用せず、業務委託の名で多重派遣するに等しい。非正規雇用者であるため、結果として技術者が派遣法の適用外に置かれてしまう。

 「SES」というこれまでにない契約形態も業界に広がっている。システムエンジニアリングサービスの略で、受託といえば受託、派遣といえば派遣。受託でも派遣でもないという掴みどころのない形態だ。そもそもは「システムエンジニアリング技術を提供するのであって、要員を送り込むのではない」というのが主旨なのだが、これが偽装請け負いの温床になっている。

有給休暇を取ると給料が減る


 SES契約は、「技術提供サービス」をお題目に、受託と派遣の区別があいまいになる問題を含んでいる。作業場所は発注先、勤怠管理と作業指示は受託企業の担当となっていて、一見すると請け負い契約だが、実質的には発注先が勤怠を管理し作業を指示する。派遣ではないか、という問には、「単純な労務の提供ではない」の言い分がある。

 そればかりではない。

 IT技術者の人月単価契約が、実質的に時間単価契約に転換してしまうのだ。労務提供なら固定の月額だが、サービスなのだから、実働時間で料金を算出するのが当然ではないか、という理屈がある。例えば契約書で月額60万円と明記してあっても、技術者の月間就業時間が一定の時間に満たなかった場合、月額を規定時間で割り出した時間給を差し引くという方式だ。

 1日8時間X月22日とすれば、規定就業時間は172時間。20日とすれば160時間なので、中を取って165時間とするのが一般的だ。ところが、絶対的な日数が少ない2月や技術者が有給休暇を取る年末年始や夏期には、実就業時間が150時間になるとすると、仕事を受けた会社に入るのは15時間分を差し引いた額ということになる。

 休暇を取った当月、技術者の給与は通常月と変わらない。だが翌月や翌々月の入金月になると、受取額に応じて給与を減額するケースがある。会社としては「当月はちゃんと有給休暇を与えた」わけだし、一方で「(ユーザー企業から)もらえる額が減ったのだからその分を減らすのは当然」と言う理屈になる。だが、それで有給休暇を与えたことになるのかどうか。

 SES契約で技術者を出向させているソフト会社の経営者に聞くと、「われわれ下請け会社ではそれが当り前。たしかに固定の月額単価方式がないわけではないが、それは何社かのコンピュータ・メーカーとの契約に限られる」という答えが返ってきた。

 そうすると、多くのIT技術者は、時間給で就業しているのと変わらない。日給制のパートタイマーより条件は悪いことになる。それが「当り前」になっている現状を、経済産業省や業界団体の幹事会社は、どこまで認識しているのだろう。

四文字熟語の遊びでなく


 ITサービス会社約700社で組織する情報サービス産業協会(JISA)は今年6月、業界トップのNTTデータ・浜口友一氏が会長に就任したことによって、産業界や政策立案者への発言力が強まったかにみえる。

 だが内実をいえば、発注者側の利益を代弁するユーザー系、受注者でもあり発注者でもあるメーカー系、NTT系、独立系の大手、2次請け以下の中堅・中小が混在している。委員会にもユーザー系、メーカー系、独立系が隣り合わせで同席しているので、契約や受発注価格の適正化、派遣法への対応といった利害得失がからむ問題がテーマとなると、なかなか本音が出てこない。

 当たり障りのないコンベンションやセミナーなどは呉越同舟、契約や価格問題では同床異夢という「ねじれ」を内在していることは疑いない。さらにいえば、幹事会社の担当者は「業界の健全な発展のために」と虚心坦懐に取り組んでいても、「下請け平原」のど真ん中にいる企業は「何か魂胆があるのではないか」「自社のためになるように仕組んでいるのではないか」と疑心暗鬼の眼差しを向ける。

 呉越同舟、同床異夢、虚心坦懐、疑心暗鬼の行き着く先は、暗中模索──というのは、四文字熟語の遊びではない。「この”ねじれ”をどう解消するか、いっそのこと業態や受注形態で業界全体を整理するのも一つの方法ではないか」という声が、ちらほらと出始めた。

 「業界団体をリストラクチャリングする。そのとき、JISAが今までのJISAである必要がどこまであるか」と言うのは、副会長の有賀貞一氏だ。

 「リストラクチャリングの過程で、業態や契約のポジションで整理が進むということも十分にありうる」

 例えば規模と資金力を背景に一括受託型のシステムインテグレーションを担う「システム構築業」、仕様書に従って品質の高いプログラムを開発する「プログラム業」、コーディングを中心に一定の範囲で責任を持つ「コーディング業」、その要員を提供する「ITエンジニア業」といった整理の仕方がある。

 「単純なIT技術者の派遣を生業にする企業と、本当に責任を持ってSIを展開している企業が「ソフトウェア業」の一言で括られてはたまらない」

 ただし、それを断行するには、「しからば業界をどのようにデザインするか」が問われるに違いない。ポイントはまさにここにある。
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