ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映すNEWSを追う>日本語ブームをITに生かせ

2007/11/26 16:04

週刊BCN 2007年11月26日vol.1213掲載

仕様書の記述にもぜひ反映を

再確認したい文章作法

 昭和30年代を舞台にしたドラマや映画が人気を集め、歴史や観光地のウンチクが話題になる。漢字や日本語にかかわるクイズ番組もその一つだ。“一山いくら”の一発芸人が繰り広げるドタバタは、度が過ぎると鼻につく。ともあれ日本語に関心が高まるのは、文章を生業にしている新聞メディアの立場からすると結構なことには違いない。ただ、残念なのは、興味が単語にとどまっていることだ。ひるがえってそれは、システム開発における仕様書の書き方にもつながっていく。(中尾英二(評論家)●取材/文)

■活字の復権につながるか

 次々に現われる漢字の読みをキーパッドで入力していく。正解だと魔物がボワ~ンと消え、時間内に正解しないと乗り込んだ船がガタガタと揺れる。タレントがあせる姿を見ながら、視聴者も一緒に考えたり、テレビに向かって思わず、「バッカだなァ、○○って読むに決まってるじゃん」と口にしてしまう。

 それがメインの番組ばかりでなく、書き順、偏や旁(つくり)、難読地名、ことわざ、語源、四文字熟語などを問題に出すクイズ番組が引きもきらない。漢字検定、能トレ、カックロ……。漢字ブーム、日本語ブームは視聴者の原点回帰志向を反映したもので、それがゲーム感覚のビジュアルと融合している。

 「知識のひけらかしではないか」と言ってしまえば身もふたもない。なるほどゲームには違いないが、自分たちが使っている言葉に関心を持つのは悪いことではないし、文章力、表現力を向上する入り口になるかもしれない。インターネットや携帯電話に流れがちなコミュニケーション、表現手法を、もう一度、原点から見直す動きが定着してくれれば何よりだ。

 昭和30年代を舞台にした映画が受けるのは、都市の景観が超高層ビルによって急速に変わっていく「いま」があるからだ。田舎暮らしや自給自足のゼロ円生活がテレビで頻繁に取り上げられるのは、団塊世代に照準をあてたたくましい商魂があるにせよ、社会に蔓延する偽装の構造に人々がへきえきしているからだ。同じように、日本語ブーム、漢字ブームの背景には、パソコンやメールの普及があるに違いない。

■抽象的なコト、目に見えないモノ

 そういうなかで、情報システムの構築にかかわるドキュメントの記述法に関心が高まっている。この7月、日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が「要求仕様定義ガイドライン」を発表、情報処理学会でも今年9月に、仕様記述言語の「UML」(Unified Modeling Language)に関するシンポジウムを開催した。いずれも「間違いのない仕様書」「正確な仕様書」を書こうという呼びかけだ。

 仕様書は情報システムのユーザー(発注者)が何を要求しているか、そのためにどのようなシステムを組み立てるかを整理したものだ。家やビル、金属部品、衣料品などは、大きさや形が目で見えるし、材質は手で触れることもできる。接合面の角度や接合方法も具体的だ。ところが情報システムは、考え方や作業手順を、プログラムに移していく。もともと抽象的な「コト」を、目に見えない「モノ」として組み上げていく。

 JUASの研究プロジェクト座長を務めた玉置彰宏東京情報大学客員教授は「情報システムが複雑かつ大規模になっているからこそ、要求仕様書や操作マニュアルなどを正確に記述することが重要。改めてその手法を提示することに意味があった」とコメントした。

 さらには、「だからこそ“見える化”が重要」と、情報処理推進機構のソフトウェアエンジニアリングセンター(SEC)でも実測値と工学的アプローチを組み合わせたシステム構築プロセス「EPM」(Empirical Project Monitor)を提唱、そのためのツールの普及促進を進めている。だがJUASの要求仕様定義ガイドラインもUML、EPMも、知識の集積に終始することになりかねない。テレビのクイズ番組はそれでも構わないが、仕様書が形骸化しては困るのだ。

■図式化技法では不十分

 ここで原点に回帰する必要があるのではあるまいか。「間違いのない仕様書」「正確な仕様書」というとき、「間違いのない」「正確な」とはどういうことか、それを定義しておかないと、さまざまな解釈が生まれてしまう。正しくは真一性、つまり「複数の解釈が発生する余地がない」という意味だ。

 人は言葉でコミュニケーションをとり、文章で思想を伝える、ということだ。単語の知識だけでは、コミュニケーションや文章は生まれない。情報システムの構築について、相手が何を望んでいるかを第三者に的確に伝えるには、図式化の技法だけでは不十分で、個々の用語の意味を統一したり、非機能要件や例外事項を文章で明記するといった手法を併用したほうが効果的だ。

 経産省が推進している情報処理技術者試験、ITスキル標準は、プログラミング技術やシステム設計技術に偏重している、という指摘がある。これまでにも何度か、「ドキュメント作成」や「ヒアリング」の能力を高める試験の必要性が議論されたが、実施の方法をめぐって異論が出て、結局は見送られた。「国語」の試験とどう違うのかが明確にならなかったためだ。

 だが、現場で実務につくエンジニアの大半は、生まれたとき目の前にカラーテレビとパソコンがあり、インターネットと携帯電話が当たり前、何かあったら電子メールとWeb検索で済ませる世代だ。彼らにとって、「○○は」と「○○が」の違いを説明することができるだろうか。まして『源氏物語』に現れる「中宮にはあらぬが」の〔が〕が、省略した主語を示す〔が〕であることを理解することは至難に違いない。

 「日本語はあいまいなので、仕様書の記述に向いていない、というのは間違っている。日本語ほど仕様書記述に向いている言語はない。問題なのは、それを使う人が正しく日本語を理解せず、間違った使い方をしていること」

 慶応大学の大岩元教授は言う。日本の情報システムは日本語で説明され、仕様書は日本語で記述される。「複数の解釈が発生する余地がない」文章の作法というものを、日本語・漢字ブームのなかで考えるべきときではなかろうか。

ズームアップ
人間工学的にみた文章
 
 文章の長さは、それを書く人の健康状態や肺活量に応じるといわれている。というのは文章を書いたり読むとき、人は息をひそめているからだという。呼吸を止めているのでなく、前かがみになるため肺が普段の6割ぐらいしか拡張しないためだ。前かがみになった状態で一息に書ける文の長さは最大30文字、一気に読める長さは150─200文字。句読点で軽く呼吸をして音読できるのは400ワード。それ以上になると理解不能になり、読み返して頭の中で整理しなければならなくなる。
 文章は「足す」(順接)と「引く」(逆接)で構成されている。〔だから〕〔そして〕〔さらに〕は足し算、〔だが〕〔しかし〕〔ところが〕は引き算だ。掛け算、割り算は文章に適用できない。足し算と引き算の総和が、文章全体の意味になる。〔足し算〕と〔引き算〕をYES、NOで分岐させ、ツリー構造にするのが情報システムの仕様書を記述する基本的な文章作法といっていい。
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