ITから社会を映すNEWSを追う

<ITから社会を映すNEWSを追う>正念場の三菱東京UFJ銀行

2008/01/21 16:04

週刊BCN 2008年01月21日vol.1219掲載

システム統合に不協和音

現場のエンジニアに疲弊感

 IT業界にとって今年最も注目されることの一つは、三菱東京UFJ銀行のシステム統合だ。総額3200億円、外注を含め約9000人のIT技術者を投入した過去最大級のプロジェクトは、最終コーナーを回ってゴール前の直線ラストスパートに入っている。年明け早々、同行は新システムに移行するためのATMの一時休止スケジュールを発表したものの、「今年末までに間に合いそうもない。再延期してくれると助かるんだが」という息切れとも悲鳴とも受け取れる声が、内部から聞こえてくる。同行にとって、2008年はまさに正念場だ。

■ATMの一時休止を発表

 かつて13行あった都市銀行の再編、すなわちメガバンク化のなかで、旧東京三菱銀行(東京、三菱)とUFJ(三和、東海)の2行が合併したのは06年1月。資本金9969億円、店舗数865(国内785、海外80)、従業員数3万3641人、経常収益4兆8795億円、総資産162兆円(いずれも07年3月末)と国内最大規模を誇る。

 当初、両行の合併は05年10月に予定されていた。しかし、02年に起きたみずほ銀行のトラブルを教訓に、コンピュータシステムの接続に万全を期するため、合併の発表を3か月遅らせた経緯がある。合併時は両行のシステムを接続しただけで、金融機関の基幹といっていい勘定系システムは統合されなかった。このため、たとえば旧東京三菱銀行で作成した口座は旧UFJ銀行の支店で扱えない(その逆も同じ)とか、「三菱東京UFJ」の看板を掲げる支店なのに同一のサービスを提供できない状態が続いている。それを解消するのが、今年末に予定されている完全統合だ。

 年明け早々に発表されたATMの一時休止スケジュールは、その一環となる。2月10日を皮切りに、ほぼ毎月一日のペースで、同行のATMだけでなく、他行やコンビニに設置されたATMから同行口座あての送金、同行キャッシュカードによるデビッドカードサービス、法人向けインターネットバンキングなどが一時的に休止される。

 同行の発表によると、一時休止はおおむね毎月中旬の土曜日の夜から日曜日をはさんで翌月曜日の早朝7時まで。連休や月末の混雑時を避けており、デビッドカードサービスで買い物をしたり、急な入用でキャッシングサービスを受ける場合を除けば、あまり不便はなさそうだ。

■データベース統合に落とし穴?

 総額3200億円、投入IT技術者約9000人(外注6500人)、サブシステム数約1000件、開発サイト20か所以上という「超」がつく大規模なプロジェクトなのだから、多少の行き違いやスケジュールの遅れはつきものだ。プロジェクトがスタートしたときは、「07年12月末」が完全統合の目標だった。慎重を期す金融庁の指導で1年延長を決めたことを除けば、ここまでは予定通りといっていい。ただ、今後の作業について、「YES」といえるかどうか。

 作業は旧東京三菱のシステムを基本に旧UFJのシステムを改造する、いわゆる「片寄せ」で進められている。ところが、統合プロジェクトに従事している関係者によると、「昨年12月、旧UFJの顧客データベースにとんでもない落とし穴が潜んでいた」という。一部の関係者の話だけなので、勘違いや誤解ということもあるが、「口座番号だけあって、名義がないデータが見つかった」というのだ。

 “宙に浮いた口座”は、いったいどのような経緯で生まれたのか。

 「システムテスト用に設定した仮データであるかもしれない。それが消去されないまま残っていたのなら大きな問題ではないが、もし取引の実態があれば名寄せができない。1件ずつ、過去にさかのぼって調べなければならないとなると、オオゴトだ」

 この情報の真偽は定かでないが、見方によっては旧東京三菱と旧UFJの情報システム関係者間に存在する(かもしれない)齟齬と考えられなくもない。旧UFJ側に「片寄せ」の方針を不快に思っていたり、システムの欠点を指摘されたくないエンジニアがいるのではないか、と旧東京三菱側のエンジニアが口にすれば、旧UFJ側のエンジニアは「そんなことはない」と腹を立てる。

 自分たちが作ってきたシステムに自信を持っている現場のエンジニアたちが、感情的になって反発し、プロジェクトの障害になっている。“宙に浮いた口座”情報は、氷山の一角──というわけだ。さらにいえば、そのような情報が愚痴の形で漏らされるのは、現場のエンジニアたちが「08年12月末」のプレッシャーと連日の精神的な緊張に疲弊している証しで、それほどたいへんなプロジェクトなのだ、といえなくもない。

■相互に長所・短所を評価

 06年3月にシステム統合を完了したJFEスチール。投入した予算総額は約300億円、ITエンジニアは約2000人と、三菱東京UFJに比べ4分の1程度、データベースの規模はさらに小さい。素材製造と金融サービスという違いもある。川鉄、NKK(日本鋼管)ともに直系のIT子会社を持ち、それぞれに自信と誇りがあった。にもかかわらず、同社の場合、不協和音は外に漏れなかった。

 「まず取り組んだのは旧川鉄、旧NKKのIT部門の融和だった」(IT改革推進室)という。そのため旧川鉄と旧NKKは、合併前に両社のIT部門が合同で合宿し、「どのようなシステムを目指すべきか」を議論した。双方のシステムの長所、短所を評価し合い、お互いを認め合うことからスタートした。

 「たとえば、川鉄のコード体系は簡潔だが、NKK側から見たら暗号のようだった。NKKの体系は分かりやすかったので、コードはNKKの体系を採用した。一方、人事体系は川鉄のほうが7段階できめが細かかったので、川鉄方式にした。どちらか一方に片寄せするのでなく、常に“どうあるべきか”に立って、新しいシステムを共同で作ることにした」

 しかも同社の場合は、両社の既存システムにブリッジをかけ、データを相互利用できるようにすることを第一段階、本社事務管理系の統合を第二段階、製鉄所のシステム統合を第三段階と、三段ロケット方式で設定した。そのプロセスに製鉄所の現場職員が参加してブラックボックスになっている業務手順をひも解いていった。「システム統合とは、組織と人の融和」という。

 三菱東京UFJの場合、旧4都銀の流れを汲むIT子会社があり、ハードウェアやミドルウェアは日本IBM、日立製作所、富士通など複数のメーカーが複雑に入り組んでいる。金融庁は1月10日、同行の統合システムの信頼性と安全性を慎重にチェックしていく方針を固めている。“宙に浮いた口座”が誤報であることを願う。

ズームアップ
統合の時代
 
 この数年内に行われた大規模なシステム統合は、2002年のみずほ銀行(旧富士・第一勧銀・日本興行銀行)、04年の日本航空(旧日本航空・日本エアシステム)、06年のJFEスチール(旧川崎製鉄・日本鋼管)が知られる。このほか、中央省庁の再編や市町村のシステム統合が実施された。
 21世紀の幕開けと同時に、日本のIT分野は「統合の時代」に入ったといっても過言ではない。三菱東京UFJ銀行は、その“大トリ”といっていいだろう。
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