二か月ほど前にiPhoneを購入した。日常的には携帯電話もメールもほとんど利用しない筆者は、最低限の電話・メール機能を残しつつ、Wi-Fi環境でのみ使っているのだが、いわゆるiPhoneアプリの追加により、日々、可能性が拡大していくことに目を瞠らされている。

 ただ、老眼鏡の常時利用者である筆者にとって、一般的にいってiPhoneのディスプレイ特性はきつく、例えば、RSSで送り込まれてくるニュースが100件といった表示を見たとたんに、アクセス意欲が萎えてくるのが現実でもある。


 そうしたなかで、シニア層にとってありがたい視認性を実現しているサイトがいくつかあり、特にiPhone版のニューヨーク・タイムズには、フォント・サイズを9段階で選択できるという機能が実装されている。いうまでもなく筆者は、そのうちの最大のフォントを使っており、結果として長々しいスクロールが求められるものの、記事の読みやすさには代えられない。


 このようなニューヨーク・タイムズの心配りは、長年にわたり、同紙が、いわばレガシー・フォーマットとしての紙版の新聞と並行して、Web版の新聞を発行してきたことに負うところが大きいと思われる。Web版ニューヨーク・タイムズの初期の頃からずっと愛読してきたことからうかがえることは、同紙が、電子新聞という新しい「形式」と長年にわたり格闘し、絶え間ない試行錯誤を重ねながら、今日の「形式」を確立するに至ったこと、そして、その経験が、iPhone版ニューヨーク・タイムズの開発にも生かされているということである。ニューヨーク・タイムズは、今春発売されたAmazon・comの電子書籍リーダー「Kindle DX」でも配信することになっているが、再度ここでも、Kindle固有の「窓」を念頭において、これまでに蓄積された「体験」が注入されていくのであろう。


 筆者は、つねづね「当面のメディア動向は、人々がテレビ、パソコン、携帯という三つの『窓』とどうつき合うかにかかっている」と述べてきたが、多彩な「窓」が次から次へと登場するなかで、この「窓」問題は、それほど単純ではなさそうである。


 非常勤講師を務めている美術系大学の学生諸君には、「新聞広告の後退にみるように、一方で君たちの活躍する場はしぼんでいるが、エディトリアル・デザイン領域での新たな活躍の場は確実に広がっているぞ」と励ましている。