クラウドアプリ界の異端 ブランドダイアログ~その“キセキ”を追う

<クラウドアプリ界の異端 ブランドダイアログ~その“キセキ”を追う>第2章 挫折の連続、「GRIDY」初期の“光と影”

2011/06/30 20:29

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ベンチャー企業が業務アプリを普及する上での課題に挑んだ

 2009年2月、無料版の企業向けのクラウド型グループウェア「GRIDY(グリッディ)」をリリースしたブランドダイアログ(稲葉雄一社長兼CEO)は、設立まもないベンチャー企業が直面する課題の解決策を思案していた。その課題とは「お金で買えない信用」の獲得だ。同社は当時、その信用確保に向けたアクションプランを綿密にプランニングしていたという。業務アプリケーションに必ず付きまとう、「実績なし」という“アゲインスト”。そこで稲葉社長は「1社1社の導入実績の積み重ねが重要だと考え、綿密なマーケティングで、無料・有料の規模を問わずに導入実績数にこだわっていた」と、顧客ボリュームを獲得するため、明確なターゲットに向けコミュニケーション戦略を重視したマーケティング策を作り上げた。

 導入障壁が低い無料版「GRIDY」を出しボリュームを稼いだあと、「投資をしても導入したい」と思わせるため、自らに次なるハードルを設けた。有料版のリリース前には、“ビックニュース”として業界に響く大規模な導入実績をつくることと、次に、業務アプリで企業の情報を預かるための信用力を備える必要性を得たいと考えていた。信用力の無いベンチャー企業が獲得できる信用というのは、大規模導入実績と外部監査によるセキュリティ診断にあると判断していた。有料版リリース前にこの2つの課題をクリアするべく翻弄し、大規模導入実績をつくるための活動と、誰もが知る大手企業による脆弱性監査を実施。また、プライバシーマークや「ISO27001(※)」の取得を急いだという。

※ISO27001 
 個別の技術対策のほかに、マネジメントとして組織自らのリスクアセスメントを行い、必要なセキュリティレベルを決め、プランをもち、資源配分を行い、システムを運用する国際的に整合性のとれた情報セキュリティマネジメントに対する第三者適合性評価制度。国内では3806組織が認定されている。(アームコンサルティングのホームページから抜粋)


 有料版リリース後には、拡販するために多くの有料版導入実績が必要と考えた。「有料版のリリース初期は無料版の実績社数を武器にするしかない」(稲葉社長)。さらに、信用のないベンチャーの製品では、「代理店が販売してくれるはずがない。自社で売れなければ代理店が販売しても製品は売れない」(同)と考え、直販営業により全国を飛び回り、1年半で800社の導入に成功したというわけだ。

 地味で遠回りな活動に見えるが、ベンチャー企業が「お金で買えない信用」確保のプロセスを自力で着実にクリアし続け、口コミによる評判が導入を加速させていると想像するしかない。人材不足と資金不足に悩むベンチャー企業が考える、“他力本願的”な発想では、成し遂げることができないビジネスプロセスではないだろうか。次なる戦略は、パートナー戦略に向かうと容易に想像できる。稲葉社長は、次なるステージをどう描くこうとしているのだろうか。
 

「中小企業が大企業並みのソフトウェアで武装する」

 世界経済が「リーマン・ショック」後の金融危機で先行きに不透明感が漂っていた2009年2月、ブランドダイアログは、企業向けのクラウド型グループウェア「GRIDY(グリッディ)」を無料版として市場に投入した。リリース時期がたまたま世界同時不況期に当たったのか、それとも、IT投資が鈍化傾向にあるからこそ、あえてこの時期を狙ったのか――。解答を急げば、おそらくは前者だろう。「GRIDY」を売り出す最初の触れ込みは「中小企業が大企業並みのソフトウェアで武装する」だった。「無料」の売り文句は前面に出てはいない。

 元電通マンの稲葉社長ならではの派手な宣伝活動が功を奏して、「GRIDY」無料版の導入は一気に進んだ。どんな事業でも“光と影”はつきものだが、無料版が爆発的に受け入れられる“光”があった一方で、バグのフィックスに奔走する“影”が毎日つきまとった。だが、この苦い経験が、のちに製品自体のクオリティ・アップを実現する原動力になった。

 「GRIDY」をリリースした当時のキャッチフレーズは、前述した「中小企業が大企業並みのソフトウェアで武装する」で、開発理念として「ISO27001(※)に即した運用ができ、社外協力会社がバーチャル上で一つの組織のようにつながる」を掲げていた。
 

地道で丁寧なバグフィックスが「Knowledge Suite」につながる

 第1章で説明した通り、「GRIDY」の真骨頂は、無料でサービスを利用する代わりにパソコンの「遊休能力」を提供するという「新たなイノベーション」がバックヤードにあることが前提だ。理念や高度な技術、革新については納得できた。だが、果たして、内外の大手メーカーがしのぎを削る国内グループウェア市場で「GRIDY」は波及するのだろうか。メディアや大規模イベントでの派手な宣伝を見る限り、筆者の見立ては否だった。 
 

ブランドダイアログの稲葉雄一社長

 実際、09年2月のリリース以来、成熟していたグループウェア市場において、「GRIDY」が国内グループウェア市場を席巻しているというニュースや噂は聞くことが少なかった。それでもリリースから2か月後、「GRIDY」は、導入数が1000社以上に達していた。その半数は、従業員が50人以下の中小企業や大手企業の部門だ。ところがリリースからこの時期にかけて、同社はあることに悩まされていた。サービスのバグが頻発し、当時の月間1000社以上の導入数に対し、翌月には半数が解約するという憂き目をみていたのである。

 稲葉社長は当時をこう述懐する。「開発陣は何とか解約数を減らそうと、毎月数回のアップデートを繰り返していた。しかし、導入の勢いはとどまることはなく、増え続ける顧客ニーズに対してアップデートのスピードが追いつかずに、解約も増え続けた」。同社のグループウェアは「遊休能力」を借り受けるという独自に開発した特殊なグリッド技術(プロモーショナルグリッド=登録商標申請中)を実装しており、「外部に技術情報が漏れることを危惧して、バグフィックスなどを完全内製していた」(同)のだ。このことが、バグフィックスはもとより、のちの有料版である営業支援SFA/顧客管理CRM「Knowledge Suite」などのリリースに向けた開発スピードを遅らせる要因となった。

 新しい事業の“光と影”――。ブランドダイアログは、まさに事業開始当初、導入数が爆発的に増えるという“光”を味わいながら、開発やバグフィックス遅延の “影”を同時進行で経験した。しかし、「誠意ある顧客サポートの強化と開発陣の増強を繰り返し、09年2月のリリースから6か月後には、グループウェア部分以外の機能増強に関するニーズが増えた」(稲葉社長)という。地道で丁寧なバグフィックスを行ったことで、「GRIDY」の導入数が解約を含めて純増に転じ、機能増強に関するニーズをくみ上げたことで、その頃、同時に開発していた「Knowledge Suite」の基幹エンジンを構想することができたという。まさに「雨降って地固まる」だったのだ。このバグフィックスの経験で、顧客ニーズを汲み取り、毎月のバージョンアップでニーズを反映させていく体制ができたことが、現在の顧客満足度の向上になっている理由ではないだろうか。

 現在、有料版の「Knowledge Suite」は、リリース1年半で導入社数が800社に達している。「GRIDY」リリース当時の経験をもとに、いまでも毎月、ユーザー企業が同社サイトに書き込むニーズを数百のカテゴリ・機能別に分類し、「Knowledge Suite」のアップデート(メンテナンス)作業を毎月続けている。パッケージ型のグループウェアではなかなかできないことが、クラウド型では難なくできてしまう。アップデート作業は、パッケージ型ならDVDなどに焼いたものが郵便で届けられ、企業内担当者がインストール作業を行う。クラウド型には、その手間がない。自分たちが届けた声がすぐに反映されるさまを経験すれば、ユーザー企業はなかなか「Knowledge Suite」から離れられなくなるだろう。稲葉社長は「改善が早いというユーザー企業の声をもらっている」と、自信をみせる。いま、この噂を聞きつけてか、より企業規模が大きい従業員500~1000人の企業への導入が増えているという。
 

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外部リンク

ブランドダイアログ=http://www.branddialog.co.jp/