電通で、すぐれた広告プランナーを称える社内表彰制度でMVPを何度も受賞した。社内には高学歴のプロパー社員がわんさかといる。対して、稲葉雄一は大学中退の中途採用。それでも、紙媒体とウェブをかけ合わせたクロスメディアプロモーションを先んじて取り入れ、社内外のライバルをなぎ倒し、常勝街道をひた走ってきた。
2006年、稲葉はその環境をあっさり捨てる。電通を辞めて広告とは縁を切った。ウェブプロモーションの限界を感じたのがその理由だ。「新技術でウェブはリッチ化して顧客の満足は高まる。ただ、それを動かすためのインフラコストは増大するのに、得られる対価は変わらない。先が見えなかった」。
コストをかけずに顧客満足度を上げて利益を得る方法。それを求めていた稲葉に、グリッドコンピューティングが光を与える。グリッドは、インターネットなどネットワークにつながる一つひとつの小さなコンピュータ資源をテクノロジーで結びつけ、1個の巨大なコンピュータをつくり上げる。まさに稲葉が求めていたインフラだった。
ブランドダイアログを設立し、グリッドを取り入れた業務アプリケーション群のSaaS型サービスを始める。サービスを提供するためのインフラコストは最小限に抑え、代わりに顧客には超低価格で提供する。同社のSaaS「GRIDY」は、初期費用完全無料で使った分だけ料金を支払う形だ。ユーザー企業は8000社に到達する。
見た目は派手で発言も威勢がいい。豪快な雰囲気が第一印象。ただ、話を聞くと緻密で冷静、その外見がまるで演出に思えてしまうほど慎重でもある。稲葉は言う。「日本の中小企業をグリッドで変えたい」。内に秘めた強い信念も稲葉が備える魅力の一つだ。(文中敬称略)
プロフィール
稲葉 雄一
(いなば ゆういち)電通グループ企業で、企業のプロモーションプランニングを担当。電通社内の統合プロモーション分野でプランニングMVPを多数受賞する。2006年、ブランドダイアログを設立して代表取締役に就任する。座右の銘は、「認められるための努力は当たり前。認められなくても我慢して努力し続ける力を身につけろ」。