前号まで、ウェアラブル端末はアイデア次第でさまざまな用途に応用できることをレポートしてきた。今号でレポートする日立製作所が開発したウェアラブル端末は、加速度や赤外線、温度、湿度、照度などごくありふれたセンサを搭載した首掛け式のカード型ウェアラブル端末である(右上写真参照)。普通の“活動量計”程度の機能しか実装していないが、実はこの端末で“一定規模の集団の幸福感”を計測する日立独自のソフトウェア・アルゴリズムを開発した。
まず、聞き慣れない“集団の幸福感”という言葉だが、日立ではこの“幸福感(ハピネス)”が高ければ高いほど業務の生産性や創造性、一株あたり利益が増え、なおかつ健康や長寿、結婚の成功、年収の増加、昇進を早めている点に着目。著名な心理学者のショーン・エイカー氏はハピネス度を高めることで業務の生産性を37%高め、創造性を3倍に、一株あたり利益を18%押し上げる研究結果を発表している。
一方で「好業績や健康のハピネスに与える影響は、ハピネスが業績や健康に与える影響よりも大幅に少ない」(日立製作所の矢野和男・中央研究所主管研究長)ことから、幸福感の指標を高めることで企業の業績や健康に、より大きな好影響を与えると認識している。国も内閣府が「国としての幸福度指標」、文部科学省が「ハピネス社会の実現」をビジョンとする研究プログラムを推進するなど、“集団の幸福感”に着目した研究を進めている。
従来は、幸福感を指標化する手法として、主に聞き取りやアンケートによるアプローチが採られていたが、「バラツキが大きく、変化を迅速に捉えられない」(矢野主管研究長)といったリアルタイム性に欠ける課題があった。そこで日立では社員証のようなカード型のウェアラブル端末を使い、5人以上の“組織の幸福感”をリアルタイムで指標化するアルゴリズムの開発に挑戦し、実用化にこぎ着けるまで完成度を高めることに成功した。
では、どのようにして幸福感を計測するのか──。日立では「人の幸福感に伴う身体運動の特徴的なパターン」を発見し、これを加速度センサなどで計測し、独自のアルゴリズムで集団の幸福感を指標化している。ポイントは“個人の幸福感”は計測不能で、“集団の幸福感”に限って指標化できるという点にある。
つまり、集団のなかにあって、会話やうなずき、キーボードのタイピングなどの身体運動から、「ある種のゆらぎを抽出している」(同)のだという。矢野主管研究長は「正確な表現ではない」と前置きしたうえで、「わかりやすくいえば、一時期、家電や音楽などの宣伝文句に使われた“1/fゆらぎ”のようなもの」だという。日常生活の動作を取り除いて残った“ゆらぎ”だけを抽出、計測するアルゴリズムによって、何の変哲もない活動量計から“集団の幸福感”を導き出しているのだ。(安藤章司)

首掛け式のカード型ウェアラブル端末