前回のこの欄では、音楽視聴のスタイルが変わってきたことを書いたが、他の定額制配信サービスを利用してみた限りでは、「あまり使わないな」と感じていた。しかし、Apple Musicがスタートし、予想以上の快適さに驚いた。
一番の違いはiTunesとの連携と楽曲やアルバム、そしてプレイリストのおすすめ機能の精度の高さである。Appleユーザーの多くは曲をiTunesで音楽ファイルを管理しているが、保有している楽曲名、再生回数などはアップルに把握されている。その膨大な音楽の嗜好データが楽曲やプレイリストをリコメンドしてくる。これがなんとも絶妙で楽しくて仕方がないのだ。ユーザーの多さとこれまでのデータの蓄積が他とは違うのだろう、実におもしろい。そして気に入った楽曲が流れてきたらマイミュージックに追加し、いつでも聴くことができるようになる。ここが他と圧倒的に違う優位性だ。「いつものライブラリに追加できる」──この機能が真似のできない圧倒的な価値を生み出している。また、オフラインで聴けるようにダウンロードすることもできる。だから自宅ではBGMのように聴き、気に入った曲はマイミュージックに追加し、ダウンロードして持ち運ぶことができる。そして、それはデバイスを押さえているアップルだからこそできることだ。昔のように音楽を所有させることで課金してきた時代から、音楽がいわばBGMのような聴き方になった今、お気に入りをピックアップすることができる新しいモデルだ。ピックアップすれば、繰り返し何度も聴くことができる。そして、ユーザーが繰り返し聴くごとにアーティストに報酬が入る仕組みである。
アップルが提供するラジオでも、気に入った曲が流れれば、マイミュージックに追加できる。このスムーズなインタラクションはさすがAppleだ。ユーザーが楽曲を所有することに課金するモデルから、ジュークボックスのように聴くことに課金するモデルへの転換。単価は恐ろしく安い。1万回再生してもなんと25ドルだ(一定期間中)。アーティストに対する報酬については、課題が多い。しかし、ユーザーとしては、データをとられ、好みまでコントロールされるのではという気持ち悪さはあるが、新しい音楽の楽しみ方が増えたといえるだろう。
さて、次はどう来るのか、楽しみだ。
事業構想大学院大学 特任教授 渡邊信彦
略歴
渡邊 信彦(わたなべ のぶひこ)

1968年生まれ。電通国際情報サービスにてネットバンキング、オンライントレーディングシステムの構築に多数携わる。2006年、同社執行役員就任。経営企画室長を経て11年、オープンイノベーション研究所設立、所長就任。現在は、Psychic VR Lab 取締役COO、事業構想大学院大学特任教授、地方創生音楽プロジェクトone+nation Founderなどを務める。