システムエンジニアに対して、35歳定年説がまことしやかに語られた時期があった。ITの世界は変化が激しいため、35歳にもなると、その変化についていけないとされた。徹夜作業が続くなど、35歳以降は体力的に厳しいという指摘もあった。当時の若いシステムエンジニアは、35歳定年説に将来の不安を感じ、動揺していた。そこで、クロスソフトウェアの明珍賢司代表取締役は、次のキャリアを積むことのできる場所が必要だと考えた。そこで始めたのが、居酒屋である。(取材・文/畔上文昭)
受け皿は居酒屋

明珍賢司
代表取締役 「いつまで続けられるのか。将来が不安」と、社員との面談で打ち明けられた。13年ほど前のことである。システムエンジニアに対し、35歳定年説がささやかれていたこともあって、何人かの社員が将来に不安を感じていた。
クロスソフトウェアは、元請けとしてのシステム開発のほか、SES(System Engineering Service)も事業の柱としている。社員のほとんどがエンジニアであり、仕事の内容が変わるような異動先を用意できるような会社規模でもない。ただ、社員の不安を払しょくするために、明珍代表取締役は“35歳定年後”の受け皿が必要だと考えていた。
そこで、打ち出したのが異業種への参入である。「経営者として、挑戦してみたい気持ちもあった。いくつかの業種を候補に挙げてみたが、ITとは相反する業界がいいと考えた。それが居酒屋だった」と明珍代表取締役は当時を振り返る。居酒屋であれば、エンジニアに不足しがちな接客という人と触れ合うためのスキルを身につけることができる。新たな世界で挑戦することになるほうが、“35歳定年後”の受け皿として最適だと考えたのである。
地域の繁盛店に大化け
エンジニア定年後の受け皿として取り組み始めた居酒屋だが、開店当初から期待以上の大繁盛店となる。居酒屋を展開するために立ち上げた運営会社のクロスフードサービスは、クロスソフトウェア以上の店員を抱えるほど好調で、郡山市内で2店舗を運営している。店舗名は、大正浪漫風居酒屋ハイカラヤ。明珍代表取締役も、夜は店舗で働くことがあるという。
システムエンジニアの社員も店舗で接客の研修を行うなど、グループ内で交流を図っている。「異業種を経験することによって、IT業界のテクノロジーに偏りがちなスキルを広げることができる。また、引退した後の働き先を確保したことで、システムエンジニアの業務に集中できるようになった」と明珍代表取締役は効果を実感している。ただ、システムエンジニアから居酒屋の店員に転身した社員は、まだいないという。
いずれはSESをなくしたい
設立から10年ほどのクロスソフトウェアは、大手ITベンダーの下請けのSESを中心としていた。SESは開発中こそ収益が安定するが、納品後に仕事がなくなってしまう。景気にも左右されやすい。また、客先に常駐することから、自社への帰属意識が薄くなってしまいがち。社員にとっては、もっと給料のいい会社があれば、クロスソフトウェアでなくてもいいということになってしまう。
こうした問題があることから、明珍代表取締役は「いずれSESをなくしたい」と考えている。これまでも、自社製品を開発するなど、SESを売り上げの約3割まで下げてきている。今後はクラウドサービスに注力するなどして、SESをなくしていく考えだ。
「当社の顧客は中小企業が中心だが、まだクラウドサービスを敬遠する傾向がある。データを外に置いて盗まれたらどうしてくれるのか、という考えが根強い。とくに財務系のデータは外に出したがらない」と明珍代表取締役は現状を語る。とはいえ、「専門用語を使わずに一つひとつていねいに説明すれば、クラウドのメリットを理解していただける」という。クラウド化が進んでいないことを逆に新たな顧客を獲得するチャンスだと捉えて取り組んでいる。
過去の開発経験を生かした製品やサービスを提供しているクロスソフトウェアだが、最近では、居酒屋ハイカラヤ向けに構築した勤怠管理サービスが好評で、同業他社に横展開しているという。「パッケージシステムは、不要な多くの機能を搭載している。基本的には、店員の出勤と退勤の時間、そしてアルバイト代などを自動計算してリアルタイムに確認できるような機能があれば十分」だと明珍代表取締役。繁盛店の現場を知るだけに説得力がある。システムエンジニアの受け皿として始めた居酒屋だが、自社サービスの開発にも貢献するという効果も生み出している。