先日、マレーシアに出かけた折、マラッカ近くの工場取材を終えて、せっかくだからと久々に古都マラッカを観光した。タクシーをマラッカで帰し、のんびりと街を見て回った後、夕方クアラルンプールに公共交通機関で帰ることにした。ここでびっくりする体験をする。
マラッカからクアラルンプールまでの高速バス代が約2時間で13.5リンギット(400円)、クアラルンプールのバスターミナルの最寄駅からKLセントラル駅までがKLM(日本のJR)4駅20分で1リンギット(30円)、KLセントラルからホテルの最寄駅までモノレールが4駅20分で1.6リンギット(50円)、なんと合計で500円である。交通費が安いのだ。
調べてみるとマレーシアは、公共料金が他のアジア各国に比較して安く、経済弱者に対する優しさが目立つ。 一方、日本は年収200万円未満の人がすでに25%もいる。ところが、政府の政策はどこからでも税金を取り、どこにでも配るこれまでの中産階級国家の政策である。ランドセルが買えず、給食費が支払えない人がいる。こちらに政策の軸を移さないと社会は不安定化する。
今年マレーシアの日本人商工会議所の会員数が過去最高を記録している。これは、製造業がそれほど減らず、流通、サービス、金融業などの非製造業が増えているからだ。現在、中国から日本企業の撤退が相次いでいる。元高、賃金高などいろいろな理由が挙げられているが、最大の理由はワーカーの質の低下である。
これには理由が二つある。一つはいわゆる出稼ぎ世代の親の時代とは異なり、豊かに育ちハングリー精神が少なくなっていること、もう一つは格差があまりに大きく、かつ政府に解決する手だても少ないからだ。
この点でマレーシアは経済弱者に対する配慮した政策から、格差問題をあまり感じさせず、結果として工場現場のモラルを落とさないことに成功している。賃金は上がってもマレーシアに踏みとどまる日本企業が多いのは、このためである。
格差問題は、つまるところは為政者や経営者がその存在と認識をいかに正確に把握し、その対策を早めに取るかにかかる。これを怠れば怠るほど現場のモラルが低下し、社会は荒廃する。
アジアビジネス探索者 増田辰弘
略歴
増田 辰弘(ますだ たつひろ)

1947年9月生まれ。島根県出身。72年、法政大学法学部卒業。73年、神奈川県入庁、産業政策課、工業貿易課主幹など産業振興用務を行う。01年より産能大学経営学部教授、05年、法政大学大学院客員教授を経て、現在、法政大学経営革新フォーラム事務局長、15年NPO法人アジア起業家村推進機構アジア経営戦略研究所長。「日本人にマネできないアジア企業の成功モデル」(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。