インターネットは国境を越え人や組織・コミュニティーをデジタル技術で相互接続した。しかし、最近のISISを中心にした世界各地で頻発するテロ攻撃と、その活動の基盤となる財務活動や情報活動などが、インターネットを駆使したものになっていることは、残念でならない。 われわれはテロ攻撃のみならず、このような行為が発生する根本的な原因をインターネットを用いて解決できるような施策を考えなければならない。そのためには、偏った情報ではなく、正確で透明な情報が「すべての人」に提供され、多様な考え方が公平に共有・議論可能な環境がつくられることが極めて重要な条件と考えられる。
また、サイバー攻撃は、陸・海・空の三つの軍事領域のすべてに関係するとともに、それ自身が重要な軍事領域である。そのため、国家安全保障の最重点項目として認識されるようになり、インターネットが国の境界である意味「フラグメント(分断)化」される傾向と、表現の自由に関係する「通信の透明性・秘匿性」よりも、テロ対策も含めた「監視(Surveillance)」の強化が進められる傾向がみられる。この状況を考慮して、5月に開催されたG7サミットおよびOECD大臣会合では、「デジタルエコノミーの健全な発展には、データがグローバルにトランスペアレント(透過的)に流通可能なインフラの整備と維持が必要」との趣旨の宣言が出されたと理解している。
それまでの国家(政治)の境界と経済の境界がほぼ一致していた状況を、インターネットは経済活動を国境を越えたものに変革してしまったので、国家(政治)との難しい関係や軋轢が発生しているのだと、筆者は6月27日に他界したアルビン・トフラー氏の「第3の波」など、20世紀終盤の経済関係の本から考えていた。しかし、長い歴史観点からみれば、民族や宗教は、昔から国家よりも地理的に大きな領域を形成しており、過去において国家との軋轢を経験してきていることがわかる。
今後本格的に展開されるであろう人工知能、IoT、FinTechなどは、経済だけではなく、民族や宗教そして政治に対して、これまでとは比較にならないほど、大きな影響を与えることになる。21世紀の経済・文化の活動基盤となるインターネットの責任は非常に大きいことをわれわれは再確認しなければならないであろう。
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授 江﨑 浩

江崎 浩(えさき ひろし)
1963年生まれ、福岡県出身。1987年、九州大学工学研究科電子工学専攻修士課程修了。同年4月、東芝に入社し、ATMネットワーク制御技術の研究に従事。98年10月、東京大学大型計算機センター助教授、2005年4月より現職。WIDEプロジェクト代表。東大グリーンICTプロジェクト代表、MPLS JAPAN代表、IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC副理事長などを務める。