管理するのではなく、利用者の半生を知るツールが欲しい――。介護施設ミノワホーム(愛川舜寿会)の要望に応えたのはケアコラボだった。同社が開発した介護事業者向けソーシャルメディア(SNS)によって、利用者や家族、介護職員の日々の何気ないコミュニケーションを可視化。みんなで利用者の“人生の歩み”を共有することで、より質の高い介護サービスの提供につなげている。
【今回の事例内容】
<導入企業>ミノワホーム(愛川舜寿会)
愛川舜寿会のミノワホームは、自然豊かな神奈川県愛川町にある介護施設だ。職員数は約90人。およそ70人の介護利用者が居住している
<決断した人>
ケアコラボの導入を先導した
ミノワホームの
馬場拓也常務理事(左)と
古座野久彦理事
<課題>
利用者の生い立ちや人柄を、介護職員のなかで共有するのに時間がかかっていた
<対策>
企業内SNSを採り入れ、利用者やその家族とのコミュニケーションを可視化
<効果>
利用者の人となりをリアルタイムで共有できるようになった
<今回の事例から学ぶポイント>
利用者を管理するのではなく、利用者の人柄を重視。この手法によって介護サービスの質的向上につなげた
コミュニケーションを可視化
ミノワホームは、介護保険請求などの基本的な情報システムはすでに導入していた。だが、入所する利用者がこれまでどんな人生を歩んできたのか、どういうことに興味をもっているのかを知る手段は、依然として介護職員の伝言か手書きのメモにたよっていた。
利用者の半生や人柄というものは、そもそも「管理」にそぐわない性質のものだ。このため、営業やマーケティングで使うような「顧客管理」「営業支援」系のシステムは合わない。「ITは介護サービスの質を高めるのに限定的な役割しか果たせないのではないか」と、ミノワホームの馬場拓也常務理事はあきらめかけていた。そのときに出会ったのが、“納品のない受託開発”で有名なソニックガーデンの関連会社ケアコラボが開発する介護事業者向けSNSだった。利用者を管理するような仕組みではなく、日常の何気ないコミュニケーションから利用者の人生の歩みを記していくのが特徴だ。
SNSのタイムライン(投稿記事の要約一覧)には、利用者やその家族との何気ない会話が記されるようになり、それを眺めているだけで、利用者がどんな人生を送ってきたのかが、「おぼろげながら共有できるようになった」(ミノワホームの古座野久彦理事)。いわば利用者の「半生録」がタイムラインに残る仕組みだ。
「利用者をよりよく知り、介護サービスの質の向上につなげられる」(馬場常務理事)と手応えを感じて、2016年1月から段階的にミノワホームで導入を始めた。SNSの記録がどこまで介護記録として認められるのか、従来の管理システムと二重入力にならないか、SNSを導入したことでかえって業務負荷が高まらないかなど、介護保険の監査人の助言や介護職員の意見を聞きながら慎重に導入を進めていった。
自然豊かな神奈川県愛川町にあるミノワホーム
ライフスタイルに合わせる
介護サービスは24時間体制だ。利用者の体温や血圧、食事、トイレ頻度などの健康状態(バイタルサイン)を短い時間で次のシフト担当者へ引き継ぐ。そこでは利用者との会話のすべてを引き継ぐことは不可能だった。しかしケアコラボを使い始めてからは、コミュニケーションを端的に知ることができる。例えば、タイムラインでA子さんがかつて生花店に勤めてきたことを知った。ある日、花壇の手入れをしているとき、「A子さん、これはどんな花なのでしょう?」と会話を振ってみたら、これまであまり話そうとしなかったA子さんがまるで堰を切ったように花の話を始めた――。
ケアコラボの活用を先導した馬場常務理事は、かつて表参道の高級服飾店に勤めていた。ジャケット一着を勧めるのにも、「その人が電車通勤のサラリーマンなのか、外車に乗って通勤する起業家なのかで、商談の進め方がまったく違ってくる」ことを学んだ。同じような外見、年齢の顧客でも、その人のライフスタイルで着るべき服は大きく違ってくるというのだ。そして「介護の世界も共通する部分が多い」と話す。
ケアコラボ
上田幸哉
システムエンジニア
介護施設では、身の回りの支援だけでなく、花壇の手入れや料理教室、庭の散歩、四季折々のイベントをこなす。「利用者のライフスタイルがどういうものであったのかを垣間見ることができる」(ケアコラボの上田幸哉システムエンジニア)。そうすればより適したイベント参加の仕方や会話のもっていき方が自ずとわかるというわけだ。
実はもう一つ効果があった。深夜の介護でのこと。リビングで「そろそろ保育園に子どもを迎えに行かなきゃならない」と話す認知障害者の言葉に、介護職員は対応に追われる。翌朝、出勤した上司が「昨晩はお疲れさま」とすれ違いの際に職員に声をかける。実は上司は昨晩の出来事をタイムラインでみていたのだった。利用者の家族からも「いつもありがとうございます」とコメントがつく。こうしたつながりが職員のモチベーション向上にもつながり、「職場の活性化にも役立っている」(馬場常務理事)と評価している。(安藤章司)