18年前に立ち上げたIT企業の代表取締役を退き、今年末には会社を去ることになった。3年前には21年間務めた大学を定年退職になり、38年におよぶ教員生活に終止符を打った。大学教授に続き代表取締役というタイトルも失い、このコラムの執筆を続けてよいものか、編集担当者にうかがったところ、続けてよいとの許しを頂けた。これまでの立ち位置とは違う新たな視点からの執筆ができればと思う。
私自身、歳をとったという理由でITビジネスから身を引く気は毛頭ない。辞めるのはまわりの誰からも必要とされなくなった時だ。やり残しているビジネスアイデアも少なからずあり、来春には新会社を立ち上げることさえ考えている。また、代表取締役退任を知った方々から早速一緒に仕事をしないかというお誘いを頂き、これも大きな励みとなっている。齢70を超えての再スタートである。
さて、情報通信技術という分野に限られてはいるものの、30代半ばから新事業の機会をいろいろと模索してきた経験からすると、この十数年で新事業を立ち上げるための環境が見違えるほど整ってきた。20年程前では、高い通信料を払いインターネットで情報技術製品を探し出し、メールを打って開発元と連絡を取り、高い電話代を払って電話会議を行う。そして、それなりの旅費を払って北米や欧州にある開発元を訪ね直接会って契約交渉を行い、やがて事業化に漕ぎ着けるという具合に、随分と手間暇をかけていたことを思い出す。
それが今では、SNS経由で彼方から声が掛かってくる。それに応えてSkypeでネット会議を積み重ね、提携製品やサービスの理解を深め、契約交渉に至れば事業化の道筋が見えてくる。技術評価に必要な環境もクラウド上に構築すれば済むものがほとんどで、手元に物理環境を用意する必要も滅多にない。いまや、インターネット上で探した技術やサービスをもとに事業を創り上げていくうえで、大きな資金的リスクを取る必要はほとんどない。独自のビジネスアイデア、それなりの英語力、相手を説得するプレゼンスキル、そして何度もの失敗に挫けない辛抱強さがあれば、事業を創ることはそう難しいことではなくなった。私のような定年過ぎの高齢者にとっても、旧知の仲間と楽しみながら、新たな事業創造にチャレンジできる時代となった。
一般社団法人みんなのクラウド 理事 松田利夫
略歴

松田 利夫(まつだ としお)
1947年10月、東京都八王子市生まれ。77年、慶應義塾大学工学研究科博士課程管理工学専攻単位取得後退学。東京理科大学理工学部情報科学科助手を経て、山梨学院大学経営情報学部助教授、教授を歴任。90年代に日本語ドメインサービス事業立上げ。以降、ASP、SaaS、クラウドの啓蒙団体設立に参加。現在、「一般社団法人 みんなのクラウド」の理事を務める。