総理と総理官邸が名指しで、三つのサイトを緊急対策すべきとの意見に対応して、NTTグループがDNSブロッキングを用いた該当サイトへのアクセス遮断を行うと表明した。その後、DNSブロッキングを行うことを前提とした議論が行われているように思えて、大変な違和感を覚える。
DNSブロッキングそのものが、通信の秘匿性に反する可能性が大きいことに加えて、主要ISP・キャリアによるDNSブロッキングでのアクセス遮断は、日本のユーザーに対して小さくない程度の効果はある。ただ、DNSブロッキングの回避方法が多数存在するうえ、DNSブロッキングを実施することによるインターネットシステム、DNS運用者コミュニティへの影響や、エンドユーザーへの悪影響についての議論が十分に行われていない。このため筆者は、理事を務めるISOC(Internet Society)が出したアクセス遮断に関するレポートをもとに、意見書を提出した。
主な内容とは、(1)違法コンテンツ提供者、ユーザーはアクセス遮断を回避する方法を容易に取ることができる(2)オーバーブロッキングの可能性がある(3)ISP、DNS運用者への人的、財務的経費が発生する──といった課題があること、さらにこれに付随して(1)オーバーブロッキングに対して国、ISP、ブロッキングの要請者に対する損害賠償訴訟の可能性(2)エンドユーザーが有罪意識から脅迫を受ける可能性の増大(3)DNS運用者の減少──が大きな問題として顕在化し得ることを説いた。また、(4)有効な対策はエンド(提供サイトとユーザー)での対策であることも指摘した。
とくにインターネットは、関係者間でのコンセンサスの形成に基づいた「自律分散協調」が重要な遺伝子で、これまで持続的発展を支えてきた。DNSコミュニティでのコンセンサス形成が行われず、政府による議論に基づいた運用者への一方的な指示・命令は、DNS運用者のサービス継続を阻害する恐れがある。DNS運用者の減少は、DNSサービス提供者の寡占化を進め、とくに通信の秘匿性の制約をもたないコンテンツプロバイダーによる情報収集の独占化が進む危険性をはらんでいる。さらに、多様な運用者による分散環境と協調環境が縮退してしまうことも危惧される。
今回のDNSブロッキングの実施を前提にした議論は、インターネットの重要な一つの遺伝子を削除しようという方向に思えてならない。
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授 江崎 浩
略歴

江崎 浩(えさき ひろし)
1963年生まれ、福岡県出身。87年、九州大学工学研究科電子工学専攻修士課程修了。同年4月、東芝に入社し、ATMネットワーク制御技術の研究に従事。98年10月、東京大学大型計算機センター助教授、2005年4月より現職。WIDEプロジェクト代表。東大グリーンICTプロジェクト代表、MPLS JAPAN代表、IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC副理事長などを務める。