バブルの絶頂であった1989年から30年を経て「平成」が幕を閉じ、2019年5月に「令和」の時代が始まった。日本のインターネットの創成を牽引してきたWIDEプロジェクト(慶應義塾大学村井純博士が88年に創設)も、30周年を迎えた。
「昭和」の終盤に誕生し、先に子どもから大人になったのはコンピューターだ。コンピューターの存在を前提とするインターネットは、昭和に生を受け、平成の時代に子どもから大人への仲間入りをしたのではないだろうか。インターネットは、平成の時代を通じて「ひとかど(一角)の大人」になったような気がする。しかし、まだインターネットは30歳であり、「自立できるようになった」状況。論語の「15にして学に志し、30にして立つ」である。これからが本当の仕事であろう。
平成の15歳は04年であり、我が国ではブロードバンドインターネット環境の整備に成功し、それをどのように利用して社会・産業を高機能化するかという仕事(=「志」)が次のステップであると認識された頃である。平成の最後には、インターネットの存在を前提としたインダストリー4.0やソサエティ5.0が提唱された。そして、デジタル技術を用いた破壊的創造を含むイノベーションの本格化と、「デジタル空間・サイバー空間での設計・評価が主役となるデジタル・ファーストあるいはサイバー・ファーストが前提」となるような社会が、令和の時代に訪れる。
筆者の子どもは平成の一桁年の生まれであり、インターネットの存在が「前提」となっている。地面に張り付き動くことができなかったコンピューターは、机の上や膝の上では自由に移動可能になり、平成の最後には手のひらに乗って、自由に世界中の3次元空間を動き回れるようになった。このような環境で、われわれは令和の時代を迎えた。つまり、全ての社会・産業がデジタル化され、相互接続された中で、既存概念にとらわれず(惑わず)新しいイノベーションに挑戦することになる。
このようなイノベーションは社会の持続的な発展・成長の実現に必須だが、常に優れた剣(技術・イノベーション)にはBright-sideとDark-sideが存在する。われわれは、Dark-sideと上手に付き合いながら、Bright-sideの力を上手に覚醒させなければならない。
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授 江崎 浩
略歴

江崎 浩(えさき ひろし)
1963年生まれ、福岡県出身。87年、九州大学工学研究科電子工学専攻修士課程修了。同年4月、東芝に入社し、ATMネットワーク制御技術の研究に従事。98年10月、東京大学大型計算機センター助教授、2005年4月より現職。WIDEプロジェクト代表。東大グリーンICTプロジェクト代表、MPLS JAPAN代表、IPv6普及・高度化推進協議会専務理事、JPNIC副理事長などを務める。