金融庁の報告書「高齢社会における資産形成・管理」を読んでみた。「老後、年金だけでは2000万円足りなくなる」と大騒ぎになった件のレポートである。端的に言うと、おかしなことが書いてあるとは思わなかった。これを根拠に現在の年金制度に瑕疵があるとして現政権の責任を問うのは無理筋であろうし、一方でそうした批判が広がることを恐れ、参院選も近いからと報告書に目も通さず受け取りを拒否してしまう政府の姿勢にも疑問を覚える。
そもそもこれは何のための報告書なのか。高齢化の進展を踏まえた今後の金融サービスのあり方について、将来にわたっての継続的な議論の起点となる情報整理を行ったものだ。人口動態をはじめとするさまざまな統計データを基に、論点をまとめている。その中で高齢夫婦無職世帯の毎月の赤字額は平均で約5万円というデータを紹介し、仮にその生活が30年続くとしたら「2000万円の取崩しが必要になる」という記述は確かにある。しかしそれは主題ではなく、高齢者が増えることを前提に利用者本位の金融サービスが充実する環境を整え、多くの国民の資産寿命を伸ばす支援が必要であるというのが報告書の趣旨だ。
東洋経済オンラインなどには年金改革を進めてきた立場の識者の声として、中央値でも最頻値でもなく平均値を基に「2000万円不足」を示したことが実態を正確に把握することにつながらず、将来世代の年金給付水準を高めるための具体的なこれまでの取り組みを無視して不安をあおったという指摘も掲載された。なるほどと思う部分もあるが、仮に政府の立場がこれと同じなら、年金改革のアピールの絶好の機会だったのではないか。
メディアの責任も大きいが、まずは自分で報告書を読んでみたほうがいい。老後に必要になるお金の多寡は生活スタイル、生活環境などによって千差万別。“自分の場合”を自分で考えるきっかけとするほうが建設的だ。
「2025年の崖」を提起した経済産業省の「DXレポート」などは、個人の生活というよりも企業にとってのビジネス上の課題を指摘したものであるためか、すんなりと受け入れられた感がある。しかし、“自社の場合”を自らで考えるきっかけにすべきなのは共通だ。現実に起こっていることや問題の本質から目を背け、誰かに責任を押し付けても何も解決はしない。それこそが大きなリスクだ。
週刊BCN 編集長 本多 和幸
略歴

本多 和幸(ほんだ かずゆき)
1979年6月生まれ。山形県酒田市出身。2003年、早稲田大学第一文学部文学科中国文学専修卒業。同年、水インフラの専門紙である水道産業新聞社に入社。中央官庁担当記者、産業界担当キャップなどを経て、2013年、BCNに。業務アプリケーション領域を中心に担当。2018年1月より現職。