視点

連獅子と事業承継

2021/11/24 09:00

週刊BCN 2021年11月22日vol.1900掲載

 歌舞伎の「連獅子」を見る機会があった。父獅子の厳しい教育に子獅子が応える「獅子の子落とし」を主題とした演目だ。父獅子と子獅子、それぞれを演じる狂言師役が登場して一連のストーリーが進み、クライマックスでは狂言師役の2人が父獅子の精と子獅子の精に変化する。父獅子側を演じたのは77歳になった15代目片岡仁左衛門、子獅子側を演じたのは孫の片岡千之助。21歳の若者だ。連獅子は血縁関係にある役者同士の出演が珍しくないようだ。深い愛情を注ぐ相手にあえて厳しい試練を与えて成長させようとする情景を表現するのにはうってつけということなのだろう。

 今年7月に米アマゾン ウェブ サービス(AWS)のCEOに就任したアダム・セリプスキー氏に連獅子を重ねて見るのは多少強引か。前任のアンディ・ジャシー氏はAWSの立ち上げを主導し、2016年にCEOに就任。今年7月に、アマゾン・ドット・コムのCEOに“昇格”した形だ。AWS日本法人の長崎忠雄社長によれば、「アダムはAWSの立ち上げ当初からアンディの右腕と言える存在だった」という。

 ただ、セリプスキー氏は一度、AWSの外に出ている。16年にBIベンダーの米タブロー(19年に米セールスフォース・ドットコムが買収)のCEOに就任したのだ。データ分析・活用の世界の最前線に経営者として身を置き、5年の時を経てAWSに凱旋した姿は、試練を乗り越えて谷底から帰還した子獅子に重なるような気がしないでもない。これからのAWSをかじ取りするために、必要な経験を積んで戻ってきたのだと見れば、継続性のある人事だ。

 連獅子のクライマックスでは、獅子の精を演じる祖父と孫が所々シンクロした舞踊を見せるが、雰囲気はどこか対照的だ。長年の鍛錬に裏打ちされた優雅さや威厳を醸し出す仁左衛門に対して、はつらつとして未来を担う次世代の勢いを感じさせる千之助。百獣の王にふさわしい力強さは子獅子、いや若獅子が上回ったように見えた。

 時代の歩みは止まらない。今や市場の支配者になった巨大テック企業であれ、伝統芸能の世界であれ、新陳代謝とともに新たな風を継続的に取り入れてこそ、世に認められる価値をつくり続けることができる。

 週刊BCNも1900号の節目を迎え、IT産業界や社会に提供する価値をアップデートすべく紙面をリニューアルしました。引き続きご愛読ください。

 
週刊BCN 編集長 本多 和幸
本多 和幸(ほんだ かずゆき)
 1979年6月生まれ。山形県酒田市出身。2003年、早稲田大学第一文学部文学科中国文学専修卒業。同年、水インフラの専門紙である水道産業新聞社に入社。中央官庁担当記者、産業界担当キャップなどを経て、13年、BCNに。業務アプリケーション領域を中心に担当。18年1月より現職。
  • 1