視点

「過去という名の改札口」

2023/01/25 09:00

週刊BCN 2023年01月23日vol.1954掲載

 TBSラジオで毎朝6時半からの「森本毅郎・スタンバイ!」という番組がある。私は数十年、ほぼ毎朝聞いてきた。一つの課題にあまり入り込まず、リベラルな視点を貫き、いつの間にか私の思考法の原点ともなってきた。

 このラジオ放送に限らず、日本ではこうしたなじみの関係は実に多い。社員の終身雇用や企業間の長期安定的取引から、日常の美容室や喫茶店の利用に至るまで、日本民族は義理堅いうえ、このなじみの関係を大事にしてきた。ものづくりが主体の高度経済成長期にはこれがバネとなって働き、経済大国へと押し上げた。

 しかし、これがIT、デジタル、金融の時代となると、大きな足かせとなってきた。いや、正確に言えば足かせになっていることに気がつくのが遅すぎた。もちろん日本人の中にもIT、デジタル、金融に優れた人材は豊富だが、これをうまく中枢の要所に配置できなかったのだ。

 具体的な事例で挙げると、トヨタ自動車やパナソニックがこの配置をうまくやってさえいれば、今頃、世界で電気自動車のトップを走っているはずである。それだけの技術や人材の蓄積、実績があり、資金力もある。いささか失礼な言い方だが、10年や20年前のぽっと出の企業の後塵を拝することはなかった。

 日本経済、日本企業の長期停滞をみると、サラリーマン社長では限界があると感じる。会社の50年、100年を見据えた事業構想が描けないからだ。経営陣が高齢化していて、自己保身的な動きになりがちである。1億3000万人の国内マーケットがあるから、引きこもっていても、そこそこやっていける。長年かかってせっかくためた内部留保金を取り崩したくない。

 多くの日本企業が成長できない理由を挙げてみたが、最近は、これが本質的理由ではない気がしてきた。会社に今いる社員と組織体制を壊したくない、今ある企業との取引関係を壊したくない、今ある仕組みや市場の構造を壊したくない。

 義理堅くこのなじみの関係を何よりも大事にしてきた日本人の心根の優しさが本当の理由ではないのか。よく見ると、この「過去という名の改札口」を抜けた日本企業は成長している。現在の日本経済は、この心根をどう扱い、どう処理するかが問われている気がする。

 
アジアビジネス探索者 増田辰弘
増田 辰弘(ますだ たつひろ)
 1947年9月生まれ。島根県出身。72年、法政大学法学部卒業。73年、神奈川県入庁、産業政策課、工業貿易課主幹など産業振興用務を行う。2001年より産能大学経営学部教授、05年、法政大学大学院客員教授を経て、現在、法政大学経営革新フォーラム事務局長、15年NPO法人アジア起業家村推進機構アジア経営戦略研究所長。「日本人にマネできないアジア企業の成功モデル」(日刊工業新聞社)など多数の著書がある。
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