視点

アップル「Vision Pro」が示す未来

2023/07/12 09:00

週刊BCN 2023年07月10日vol.1976掲載

 毎年噂されてきた米Apple(アップル)のヘッドマウント型ディスプレイ「Vision Pro」が発表された。メタバースブームが過疎バースと言われ急速にトーンダウンしているときに、業界としては再着火の期待をせざるを得ないニュースであった。

 そして、それは期待を大きく超える未来への提言として発表された。XR業界としては、この発表が未来に向けて大きな希望を与えてくれた内容であったが、一般的には分かりにくいので、なぜ大きな意味を持つのかについて解説してみたい。

 まず大きなメッセージは発表の中でVR、AR、XR、メタバースという言葉を一度も使わなかったことである。先行して新製品を発表した米Meta(メタ)は、マーク・ザッカーバーグがゲームをしているシーンをメインビジュアルにしたのに対して、アップルはVision Proを装着したままPCを開いて仕事をし、キッチンでは料理、そして極め付けは装着したまま子育てをしているシーンが展開される。

 これは、今後、スマートグラスをつけたままのライフスタイルがやってくることを示唆し、その世界を目指すことを宣言している。これまでアップルは「iPod」で携帯音楽プレイヤーを、「iPhone」で電話を、「Apple Watch」でスマートウオッチをライフスタイルに定着させてきた。他社が切り開こうとしてきたマーケットを圧倒的なデザインとユーザビリティで日常生活の必需品にしてきたのである。

 Vision Proが示す未来はスマートグラスが日常生活の中に浸透し、仕事や家事にまで拡張する利用シーンが描かれている。ゲームや仮想空間コミュニティーといった三次元空間のエンターテインメントではなく、私たちが過ごしているリアルな世界にバーチャルを持ち込むことで新しいライフスタイルをつくり上げるものなのだ。

 これを彼らはXRでもメタバースでもなく「空間コンピューティング」と表現している。あくまでもリアルな生活を拡張するために空間をコンピューターで表現できるようにするというものだ。

 街に人々が戻ってきた今、アップルが目指す未来は、Vision Proによってリアル空間を拡張し、新しい働き方、新しい楽しみ方を推進することであり、私たちはそれを開発する武器を手に入れることである。発売まであと1年。このデバイスを使って、どう未来をつくるのか。着手を急ぐ必要がある。

 
事業構想大学院大学 教授 渡邊信彦
渡邊 信彦(わたなべ のぶひこ)
 1968年生まれ。電通国際情報サービスにてネットバンキング、オンライントレーディングシステムの構築に多数携わる。2006年、同社執行役員就任。経営企画室長を経て11年、オープンイノベーション研究所設立、所長就任。現在は、Psychic VR Lab 取締役COO、事業構想大学院大学特任教授、地方創生音楽プロジェクトone+nation Founderなどを務める。
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