竜飛岬の風車群を横目に山路を十三湖に向かった。十三湖が日本海に接する辺りに中世の港湾都市十三湊があって、足利時代には日本有数の湊町として盛えた。その後、江戸時代にも北前船が蝦夷地への最後の寄港地として高田屋嘉兵衛なども盛んに利用した。しかし明治になって関東関西間の海運が汽船による太平洋航路主体になり、北前船と共に急速に寂れてしまった。

 その十三湊の遺跡を訪ねて歴史民族資料館を訪ね、当時の繁栄ぶりを学んだ。十三湖は白鳥の飛来地でもあり、大粒な十三湖しじみの産地としても知られている。かねてより期待のそのしじみを釜飯と塩汁で頂き満足した。

 帰路金木町で太宰治の生家である記念館「斜陽館」に立ち寄った。1階11室、2階8室の豪邸と石倉を見て小作人300人という明治の大地主兼貸金業者の強大な権勢を知り、当時の貧富格差の大きさを痛感。五所川原では高さ20メートルの巨大な立ちねぶたが威勢よく街を練り歩く。その実物をねぶた会館で見て圧倒された。

 その夜飛鳥船上から、夜空に上る花火とねぶた船の海上運行を観た。青森市をあげた4日間の夏祭りの最後を飾るフィナーレであった。

 20時30分青森港を出港し、夜の津軽海峡を越え、翌日は終日洋上クルーズ。そして8月9日8時に横浜港に入港した。

 初めて船旅を経験して、その魅力に取り憑かれそう。毎朝トランクを通路にだす煩わしさがなく、また身軽で上陸できるのがよい。リタイヤした年配者同士なので、気易く話しかけあうが、名刺を出す必要がない。洋上では、BS以外のテレビがなく携帯も使えない。新聞もないに等しく、まるで別世界にいる感じ。情報の渦の中で緊張し続けてきたこれまでと違って、開放感に包まれ、まるで別人になった新しい自分を発見した。