日本のテレビ番組でまたもや「やらせ」があったと聞いた。しかもこのような事例は何も特別なことではなくなっているという。企業が大学の研究室などに資金を提供し、自社製品の研究を依頼することは、しばしば行われている。しかしデータのねつ造はまた別な次元の問題だ。

 以前取材した某企業でも似たようなことがあった。取材後に事実誤認等の確認をお願いしたところ、関係部分のみならず、さまざまな箇所で記載事項の変更を要求された。なかには社内での軋轢やライバル社への配慮などからか、取材時とは違う主旨での記載を指示された部分もあり、さらには記載変更を拒否した場合の圧力をも暗に匂わせる要求であった。

 専門誌の評価がメーカーの意向によるものなら、それは報道ではなく、広報・宣伝でしかない。新商品の解説が企業側の意向に従ったものだとしたら、消費者は無用な損害を受けることになる。

 このような虚偽の記載や、そして傲慢な対応を当然と思っている企業人が多い社会においては、メディアの公平性や公明正大さなど無きがごとしだろう。毅然たる姿勢を貫く本紙のようなメディアの重要性は高まるばかりだ。(ニューヨーク発:ジャーナリスト 田中秀憲)