▼今年の夏に予定されていた中学の「不惑記念」同窓会を中止するという連絡が届いた。もう2カ月近く新型コロナの新規感染者が出ていない地域の話だが、地元を出て暮らしている人も少なくない。首都圏はまた拡大傾向になっているし、帰省のリスクを考えれば仕方がない。

▼「齢40にして惑わず」とは孔子の言葉だが、現代社会ではなかなか共感しづらいかもしれない。終身雇用が前提ではなくなり、まさしくキャリアの曲がり角。このままでいいのか、変わらないといけないのではないかという焦りを強く感じている人も少なくない気がする。

▼ウィズコロナ、アフターコロナの世界について考えるたびに、デジタルトランスフォーメーションという概念が持つ普遍性を思う。アジャイルな文化や組織、ビジネスモデル、行動様式こそが生き残りや成長のカギだ。「惑わず」とは、変化し続ける世の中を受け入れる覚悟を決めるということなのかもしれない。

▼よくも悪くも、新型コロナは多くの人にとてつもない強制力をもって変化への対応を促す結果になった。アジャイルに生き続ければ、「齢50にして天命を知る」ことができるか。その頃には旧友と気兼ねなく会える世界になっていてほしいものだが。(霹)