夏の苦い思い出
医師として勤務する中で、働くことが原因で精神的な悩みを抱える人を多く診てきた。「働く人の健康を管理できないか」と考え、大学院在籍中の2011年に会社を起こした。クラウド型健康管理システム「Carely(ケアリィ)」は注目され、累計導入社数は500社を超えている。
順風満帆に見えるが、苦しい時期もあった。13年に健康を可視化・分析できるサービスをリリースした。医療の最前線に立ってきたプロとして、健康に対する思いは誰よりも強かったが、思惑は大きく外れた。
リリース後、導入企業はほぼゼロの状態が続いた。会社の運転資金はみるみる減り、底を尽きかけた。精神的に追い詰められ、眠れない日々が続いた。15年夏、立ち寄った東京・赤坂の交差点で「もう止めようか」と本気で思ったこともある。
他社にはない価値を
しかしその直後、転機が訪れた。1億円の資金調達に成功したのだ。そして16年には、サービスを見直し、Carelyをリリースした。見せ方を変えるなどの工夫を重ねたところ、企業からの引き合いが増えた。
一時は経営から身を引くことも考えたが、壁を乗り越えるために「絶えずどうするか考えていた」。諦めずに試行錯誤を繰り返す原動力になったのは「天職だったと思っていた医師を捨てて選んだ道。何かを成し遂げなければいけない」との強い決意だ。
二人で始めた会社は順調に成長した。今年1月時点の従業員数は124人で、中には看護師もいる。テクノロジーと専門的な知見を組み合わせることで、他社にはない価値を提供できると信じている。
仲間とゴールを目指す喜び
これまでは社会の課題解決に対する使命感で突っ走ってきた。「群れるのは嫌い」と思ってきたが、仲間と楽しみながら、一緒に同じゴールを目指すことに喜びを感じている。
臨床の現場に身を置いていた頃は、白衣のポケットに論文を忍ばせて常に学んでいた。患者のために、何ができるかを真剣に考えていたからだ。目の前の光景は変わったが、学び続ける姿勢は今も同じだ。
健康であることは「人類が求める普遍的なもの」と説明し、「持続可能な企業経営のためには、従業員の健康管理は欠かせない」と語る。働くことで健康を損ねない世の中の実現に向けて、これからも挑戦は続く。
プロフィール
山田洋太
1979年12月生まれ。堺市や北海道室蘭市などで暮らし、5歳から10歳まで米国ニュージャージー州で過ごした。金沢大医学部を卒業後、沖縄県立中部病院で研修し、公立久米島病院(沖縄県久米島町)で勤務。慶応義塾大学大学院経営管理研究科を修了し、経営学修士(MBA)を取得。産業医。労働衛生コンサルタント。
会社紹介
2011年6月設立。健康診断予約の効率化や健康データの一元管理などができるクラウド型健康管理システム「Carely」を提供している。パーパスは「働くひとの健康を世界中に創る」。