来場者6万人を集め大盛況
ITベンダーの取り組みも活発化
ITS(高度道路交通システム)の実現に向けて、世界50か国以上のITS専門家が参加した「第11回ITS世界会議 愛知・名古屋2004」が10月18-24日、名古屋市内で開催された。世界会議には過去最高の約5800人が登録、展示会への来場者も6万人を超え、大盛況となった。1990年代にカーナビゲーションシステムの普及とともに関心が高まったITSも、ETC(ノンストップ自動料金支払いシステム)の普及が伸び悩むなど、足踏み状態が続いてきた。しかし、移動体通信技術などの進歩で新しいサービスの可能性が芽生え、再び注目度が高まっている。果たして、移動・交通分野でIT需要が創造されるのか。ITSの本格普及に向けてITベンダーの取り組みが活発化してきた。(千葉利宏(ジャーナリスト)●取材/文)
■2つの会場で関連技術・製品を展示 富士通や日立、NECのブースも 台風第23号の接近で雨が降り始めていた先月19日、今回のITS世界会議の目玉である展示会が、名古屋市のポートメッセなごやで開幕した。前日に行われた全体会議に続き、講演やパネルディスカッションなどの各セッションが開かれる一方で、2つの会場に分かれてITS関連技術・製品の展示が行われ、多くの来場者が詰め掛けた。
展示会は、第1会場で一般向けに「ITSとは何か?」を分かりやすく解説した全体展示「ITSワールド」や大学、研究機関などによる技術展示、第2会場でトヨタ自動車やデンソーなどの企業展示を中心とした構成だ。
ITSというと自動車業界中心のイメージが強いが、第2会場に入ると、まず両側には富士通と三菱電機のブース。会場中央の最も目立つ場所にはトヨタ自動車、ダイハツ、日野自動車のトヨタグループ3社のブースが配置されていたが、その向かいに日立製作所とNECのブースが並び、さながらIT業界の展示会といった印象すら受ける。
ほかにも、NTTドコモを中心としたNTTグループやKDDIの通信事業者、マイクロソフト、オラクルなどのソフトベンダー、地図のゼンリンなどのコンテンツ事業者も出展。ITSの裾野の広さを改めて印象付けると同時に、ITS普及への期待が高まっていることを示す展示会となった。
ITSは、90年頃にカーナビが商品化されて普及が始まった後、カーナビを端末として渋滞情報などを提供するVICS(道路交通情報通信システム)サービスが96年から開始されて、実用化が始まった。ITSの本命、ETCも00年から導入が始まり、電機各社もETC車載器を相次ぎ商品化して期待が一気に高まったが、当初はなかなか普及が進まず、失望の声も聞かれたほど。02年にはトヨタ自動車が携帯電話を使った新しい情報端末「G-BOOK」を商品化したが、「コンテンツがエンターテインメント系中心では需要開拓は難しい」(通信事業者幹部)と、苦戦を強いられている。
 | | ITS(Intelligent Transport Systems) | | | 道路交通の発達は、便利で豊かなくらしを実現する一方で、交通事故や渋滞などの負の側面も生み出した。ITSは、これらの問題を解決して、来るべき高齢社会に対応できる「安全」で「環境」に優しく「便利」な社会を実現するためのシステムとなる。 国土交通省によると、これまでに創出されたITS市場は、カーナビや情報板など情報提供関連で6兆円、路側センサー、カメラなどインフラ関連で5兆円、地図ソフトなどコンテンツで1兆円の合計約12兆円と試算している。 | | |
一方で、ASV(先進安全自動車)に代表される自動車そのもののIT化は着実に進んできた。ミリ波レーダーによって先行車との車間距離を判断してスピードをコントロールするシステムや、車線検出カメラによって車線逸脱を警報するシステム、急ハンドルなどで車体が不安定になった場合にコンピュータでエンジンやブレーキを自動的に制御して転倒を抑止するシステムなどが搭載され始めている。
「ITSがビジネスになっている企業はまだ、自動車部品大手のデンソーぐらいだろう」(大手電機メーカー担当者)と言うように、ITSもこれまでは自動車だけでサービスが完結するスタンドアローン型中心にとどまっていたわけだ。
■車載端末のネットワーク化が課題、官邸主導に“格上げ”の動きも インターネット普及の過程を振り返ってみても、パソコンや携帯電話などの端末の普及と、ブロードバンドなどの通信環境と定額料金制度の整備が揃って、利用する企業や個人が急速に増え始めた。
ITSも、カーナビの累計台数が約1500万台に達し、うちVICS搭載も1000万台を超えている。なかなか普及が進まなかったETC車載器も累計台数370万台となり、自動車に搭載される情報端末の普及はかなり進んできたと言える。
問題は、それらの車載端末をどのようにしてネットワーク化するか。「4つも5つも通信方式の標準があるような現状では、ITSの本格普及など覚束ない」(関係省庁幹部)──。展示会の会場で取材したITS関係者の誰もが指摘していた問題点である。
VICSサービスの情報発信方式にしても、高速道路を所管する旧・建設省(国土交通省)が「電波ビーコン」、一般道路などの交通情報を所管する警察庁が「光ビーコン」、旧・郵政省(総務省)が「FM多重放送」をそれぞれ推進して調整がつかず、結果的に併存することになったという経緯がある。
さらに、ETCで利用されている通信方式は、DSRC(狭域無線通信)と呼ばれるもの。車載器に高速かつ信頼性の高い情報を送る手段として実用化されたものだが、現在では早くも次世代DSRCの標準化作業が進められている段階だ。
このほかにも、展示会の「ITSワールド」では、携帯電話を使って事故やトラブルが発生した時に、素早く位置情報や車両情報を通報する「HELP(緊急通報システム)」や、国交省自動車交通局(旧・運輸省)が進めているナンバープレートに自動車登録ファイルなどの情報を記録したICタグを埋め込んだ「スマートプレート」なども展示されていた。
今後、車をネットワーク化するにしても、電波ビーコン、光ビーコン、FM多重放送、DSRC、携帯電話、無線LANなどの通信方式が併存したままの状態だ。車側であらゆる通信方式に対応することも可能だろうが、いかにも非効率である。ADSLも利用料金が大幅に下がったことで一気に普及が始まったように、インフラ整備を担うサービス提供者と利用者の双方にとってコストが最も安くなるような環境を整備することが本格普及のカギを握っていることは間違いない。
「本命は携帯電話になると想定して将来シナリオを描いているが、果たしてどうなるか。トヨタ自動車が決めてくれれば、流れはできると思うが…」(NTTドコモ関係者)との声も聞かれた。しかし、さすがのトヨタも省庁間を調整するのは難しい。そこでITSを官邸主導に“格上げ”しようという動きが出てきたわけだ。
「内閣官房IT担当室で、e-Japan戦略の中にITSを明確に位置付けるための調整はすでに始まっている」(政府関係者)。車がネットワークにつながり始めれば、IT需要の裾野が拡大することは確実なだけに、ITSの普及は、今後ネットワーク化に向けた環境整備がどのように進むかにかかっている。